医療法人 恒和会 宗内科・循環器科:神奈川県大和市鶴間にある循環器専門医による内科、循環器科クリニック tel:046-293-7774 fax:046-262-4445 E-mail: naika@yamatoclinicmall.com

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9月17日月曜日。石垣島地方は晴れて最低気温28℃、最高気温32℃。旅先の常として朝早く目が覚めたので近くの高台まで日の出を拝みに。残念ながら流れの速い雲が邪魔をして水平線からの日の出は見ることが出来ませんでした。

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日の出は6時30分頃。その後は朝食前にしっかり周辺を散歩。

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運動後、お腹が空いたところでしっかり朝食。何と健康的なことでしょう。毎朝こうありたいところですが現実は・・・。

朝食後は午前中島内でゆっくり過ごしました。

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気温が上がって来て白い道はやっぱり暑い~。

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でも両脇花の道はやや涼しいかも。

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緑の向こうに見える海原は真っ青。

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南の島のこととて花と蝶はそこかしこに。

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下はもっとも多く姿を見かけたスジグロカバマダラ。

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やっぱりお決まりの水牛車にも乗せて頂きました。“牛歩”の速度が丁度良い雰囲気。

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さて遊んでいると時間が経つのは速いもの。

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もう帰らねばなりません。12時45分の船で石垣港へ戻りました。その後石垣港近くの老舗郷土料理店「磯」でランチ。近隣の土産物店や公設市場をチラッと覗いてから空港へ。

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15時25分発のANA092便は使用機材の到着遅れで30分遅れて離陸。帰りは石垣島から羽田空港までの直行便でしたので、さすがにアムラーらしき姿はありませんでした。

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羽田空港には19時前に着陸したものの、ちょうど激しい雷雨に見舞われて地上係員が待避中。雷雨が落ち着くまで機内に缶詰めとなりました。叩きつける雨と光る稲妻の中で、強風のために機体もゆらゆら。あまり気分の良いものではありませんでした。

これで束の間の逃避行はおしまい。次はどこへ逃げよう・・・。

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さて例年この時期は大和市特定健診・長寿健診の終了間際で超多忙。連日平日は朝7時過ぎから夜9時頃まで仕事に追いまくられます。そんな訳で敬老の日の連休は現実逃避の旅へ。沖縄で呆けて参りました~。

数日前まで台風22号の接近で“あわや”という状況でしたが、南寄りの進路を辿ったため何とか逃亡が実現。9月15日土曜日は午後2時過ぎに診療を終えてから羽田空港へ向かいました。17時10分発のANA1097便、ボーイング777-200で那覇へ。

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羽田空港混雑のために那覇到着がやや遅れたものの、夜8時半前にはもう那覇国際通りのライブハウスで沖縄料理の夕食にありついておりました。

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9月16日日曜日は朝から那覇空港へ。市内は本日をもって引退する安室奈美恵のポスターだらけ。

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あちこちから聞こえて来るラジオや店舗のBGM・・・。

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はては空港まで乗った“ゆいレール”の駅構内でも安室奈美恵の楽曲がかかっておりました。

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そして空港内にももちろん。

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あっ、私は“アムラー”ではありませんので念のため~!?。

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那覇空港9時25分発のANA1763便、ボーイング737-500で石垣空港へ。

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離陸直後から眼下にエメラルドグリーンの海が。

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途中、宮古島上空を通過。

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宮古島から橋が架かる小さな島は来間島でしょうか。

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さらにしばらくすると多良間島。

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そして石垣島が見えて来ました。

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那覇空港混雑で離陸が遅れたため、定刻の10時20分よりやや遅れて着陸。

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石垣空港は2013年3月から供用開始となった新空港。私が6年前に来た時とは違う場所になっていました。

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まずは街へ出て「あらかわ食堂」の“牛そば”で腹ごしらえ。その後、石垣島で一番の観光地である川平湾へ向かいました。

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残念ながら、雲が多かったため海の青さは“もう一歩”といったところでした。

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気温は30℃チョッとで渡る風は爽やか。

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お決まりのグラスボートで海底の珊瑚も眺めてから、石垣港へ戻りました。

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石垣港から13時30分の高速船で竹富島へ。竹富島までは所要15分。ほぼ30分毎に出ています。

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島内はレンタサイクルで移動。

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下は郵便局。公共施設と言えども赤瓦にシーサーは欠かせません。

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石積みの塀に白い道・・・。この光景に遭いたくて実は今回で5回目の訪問!?。

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現在人口は350人ほど。

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地元の方にはあまり遭遇しませんが、観光客と観光用の水牛車にはよく出会います。

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赤瓦の屋根上にシーサーを据えるのは魔除けのため。

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同じものは2つと無くて、それぞれとっても個性的。

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さて集落を抜けて西側のコンドイ浜へ。木のトンネルを抜けると・・・。

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白砂のビーチが眼前に!。

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でも陽射しが白砂に反射してとっても暑い~。

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白い砂の正体は珊瑚や貝の破片。

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波は静かで遠浅なので絶好の海水浴場ですが、泳いでいる方は少なめでした。

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一旦チェックインして小休止の後、夕陽を見に再度西桟橋へ。日の入りは18時30分ころ。

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残念ながら雲が多くて海に沈む夕日を眺めることは叶いませんでしたが・・・。

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刻々と変わる空と海の色を堪能することが出来ました。

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日が暮れれば満天の星!。久空振りに星空を眺めました。

長くなって来たので続きはまた後日に~。

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9月8日土曜日。晴れ。朝は26℃、日中は32℃。台風一過後の今週後半は連日30℃越えの日々になりました。

週末のクリニックは、週半ばの悪天候で来院出来なかった方や体調を崩した方で結構混雑。特に早めの時間はバタバタしていましたが、午後からは比較的平穏でした。

診療終了後は、新横浜経由で新幹線に飛び乗って京都へ。金曜日から大阪で開催されている第66回日本心臓病学会に参加するためですが、直接大阪へ向かっても時間的に今日は参加出来る訳ではないので、京都で前泊して明朝大阪入りする予定です。

新横浜では乗車予定の「のぞみ」の前に、今や貴重な存在の700系の姿を見かけました。新幹線で西進するにつれて天気は下り坂。名古屋を過ぎてついに雨になりました。右下の写真は伊吹山。

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京都駅には何とかまだ明るい時間に到着。いつものように生き残った国鉄車両たちに挨拶が出来ました。奈良線では103系に混じって205系が活躍するようになりました。

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緑の103系も健在。117系は湖西線用です。

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改札を出ようとしたら「SHINOBI-TRAIN」が入って来ました。

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「SHINOBI-TRAIN」は昨年2月から運行中の忍者がラッピングされた113系電車。もちろんこれも国鉄車両です。

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甲賀市と伊賀市を結ぶJR草津線の利用促進を狙った企画だそうですが、デビューからは時間が経ってもいまだに注目度は高くて、“鉄”でない女性や外国人観光客の方々が盛んにカメラを向けていました。

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駅近のホテルにチェックインしてから、京都市下京区の京料理「井政」さんへ。

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4代目の若夫婦お2人で切り盛りされているお店。

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見目麗しく美味なる料理の数々を堪能させて頂きました。

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お店を出る頃には大雨になっていました。

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9月9日日曜日も雨。京都駅を7時44分の新快速に乗って8時12分には大阪駅着。シャトルバスで中之島の堂島川沿いにある大阪国際会議場へ。

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私は特別会員FJCCなので参加費は無料です!。その代わり年会費が高いので前払いしている様なもの。

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今年は先日の台風被害で関西国際空港が閉鎖になったため国内外の参加者のキャンセルがあったようで、プログラムの変更や演題の取り消しが多々。

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さらに追い打ちをかける北海道の地震、さらに週末大雨の天気予報・・・。

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そんな訳で会場内は例年よりも閑散とした印象でした。下は国際会議場の最上階から見た風景。大雨・・・。

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プログラムは朝8時からギッシリ組まれていましたが、早朝の会場内はどこも閑散としていました。

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アカデミックな雰囲気を十分に堪能してから、夕刻の新幹線で帰宅の途に。帰りの道中も悪天候が続き、当然富士山の姿も拝めず。でもお陰で暑さからは解放されました~。

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8月最後の1週間は立て続きにやって来た台風の影響で天候がとっても不安定で気温も乱高下。8月24日金曜日は朝の通勤時が台風の影響でとてつもない豪雨になりました。

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また8月27日月曜日は夜になって落雷とゲリラ豪雨。落雷による停電の影響で帰宅時の電車が乱れていました。

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この1週間もクリニックは連日混雑気味。長引くかぜ症状の方が相変わらず多めでした。健診で引っ掛かって受診される方も多くなりました。特定健診は予約でもはやパンパン。新たに予約をお受けする余地は全く無くなってしまいました。どうかご了承下さいませ~。

この1週間、診療時間外には8月26日日曜日に品川で内科系の講演会に出席、8月28日火曜日夜は医師会で入会希望の先生との面談、8月31日金曜日夜はシリウスで開催された大和市立病院と医師会の連携の会に出席。あとはひたすら朝に夕に特定健診の結果判定作業。あと1か月の辛抱です~。

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さて、今日はこの夏のスリランカ紀行の続きを。8月10日金曜日はネゴンボの魚市場に立ち寄ったあと、北東へ210kmの道程をポロンナルワへ。賑やかな海辺の街を通って内陸へ入ると、水田や畑の田園地帯。さらに進むと山あり谷あり平原あり・・・。

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スリランカは北海道よりやや小さい島国ですが、地形は変化に富んでいて、食事休憩を含めて約6時間の道程は、それほど長く感じませんでした。

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途中、前を行くトラックの荷台にはゾウが!。

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途中の道端では野生のゾウも見ることが出来ました(咄嗟のことで写真は撮れませんでした。残念!)。「ゾウ横断注意」や「ゾウに餌やり禁止」の標識も!。

さて今日の目的地ポロンナルワは10~12世紀の間にシンハラ王朝の首都があったところ。長い間ジャングルの中で眠りに就いていた期間もあったそうです。まずは当時の仏教の中心地で城壁に囲まれたクワドラングルへ。

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ハタダーゲは12世紀に建てられた仏歯寺跡。

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スリランカでは聖なる場所で土足、ノースリーブやショートパンツ、帽子は禁止。

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日に焼けた石の上は熱くて素足では歩けないので、厚めの靴下が必要です!。

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ハタダーゲの向かい側にはワタダーゲという円形の仏塔。かつては入口のムーンストーンの上で足を洗ってから仏塔内に入ったそうです。図柄は輪廻を表わしているそうで・・・。

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彫刻が施された熱い石段を上がると・・・。

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仏塔を取り囲む仏像たち。

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かつてはスリランカで豊富に取れる宝石で装飾されていたそうですが、略奪の憂き目に遭って破壊されてしまっているのは何処も同じ。

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このクワドラングルの中には11の建造物が集まっていて、当時ポロンナルワの仏教の中心地だったそうです。

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ふと地面を見たら赤いハンミョウの仲間(?)が疾走中。

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派手な装いのバスは私営の路線バス。

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バスの屋根にはサル。空いている車の窓を探して車上荒らしをする常習犯だそうです。

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ランカティラカは13世紀に建てられた巨大な仏教寺院。中には頭の取れた巨大な仏像。

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白い漆喰の塔、キリ・ヴィハーラ。最近塗りなおされてはいますが、700年以上ジャングルに眠っていたにもかかわらず発見時もほとんどオリジナルの塗りのままだったそうです。

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こちらは小振りの塔。名前は・・・?。

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下はお土産物屋さん。遺跡の周辺にはたくさんの野良犬とサルがうろうろ。

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スリランカでは動物の殺生は禁じられていて、違反すれば終身刑になるそうです。

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さて更に奥へ進むとガル・ヴィハーラ。一枚岩に彫られた石像群が。座像の高さは4.6m。

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石室内にも座像。

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立像は高さ7m。

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そしてその横には全長14mの涅槃像。

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多少様相は異なりますが、日本と同じ仏教国。地元の方々がお参りしている姿は日本と相通ずるものがあります。

長くなって来たので続きはまた後日に~。

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先週の木曜日まで1週間お休みを頂いておりましたので、先週末は何となくまだお休みモードが続いておりましたが、今週からは本格始動です~。

週明けの8月20日月曜日は雨のち曇り。朝は20℃、日中は26℃で、先週来の涼しさが続いていましたが、台風接近に伴って8月21日火曜日は30℃、そして8月22日水曜日は32℃まで上がり、暑さがまた戻って来ました。

クリニックは気温変化が大きいためか、長引く喉かぜ、咳かぜの方がたくさん。周辺のクリニックはまだお休みのところがあるようで、持病の薬を切らして駆け込んで来られる初診の患者さんがちらほら。8月21日火曜日昼は大和市医師会事務局で会計業務。8月22日水曜日の診療終了後は武蔵溝の口で2年後に開催予定の大学同門会の打ち合わせ。

さて遅くなりましたが今日は夏季休診期間のレポートを。今年も例年の如く前々から休みに入った途端に現実逃避の旅に出ることを企てておりました。今回の目的地はスリランカ。ところが出発日が近付くにつれて台風13号が徐々に接近してくるではありませんか!。いよいよ進路がヤバくなって当日朝に成田空港に着けない可能性が濃厚になって来たため、出発前夜の8月8日水曜日の診療終了後に暴風雨の中を急遽成田空港へ向かいました。夜10時過ぎに空港近くのホテルにチェックイン。

明けて8月9日木曜日の朝はモロに台風13号の暴風域。朝9時に銚子を通って北東方向へ・・・。

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コロンボからの折り返し便は成田に朝7時35分到着予定でしたので、最悪欠航かと覚悟して「真っさらで予定の無い贅沢な1週間の過ごし方」を真剣に考えながら空港へ行ってみると、ありがたいことに折り返し便は遅延するものの約3時間遅れで到着予定。1時間半遅れで出発の予定になっていました。出発掲示板を見ると、台風直撃にも拘わらず各社とも意外に欠航は少なめ。

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外の様子を見ると欠航にならなかったのが奇跡に思える状況でしたが・・・。

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当初の変更時間通りに1時間半遅れでスリランカ航空UL0455便のエアバスA330-300は成田空港を飛び立ちました。

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乗員は全員スリランカ人で機内放送は英語と日本語。CAはお腹~背中周りを露出した南国らしい制服でした。台風の影響で結構揺れました~(涙)。

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成田~コロンボ間は所要9時間20分。時差は3.5時間。機内誌を手に取ってみると、一部英語、シンハラ語、タミル語が併記されているものの、メインはシンハラ語でした。

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シンハラ語はアルファベットとは全く異なる字面で、一体何が書いてあるのやら・・・。

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スリランカ上空に差し掛かると緑の多い大地が見えて来ました。

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かなり高い山の姿も。

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高度を落として来ると緑の大地。まるで成田周辺に似た光景で雑木林の間に田んぼやゴルフコース(?)かと思いきや・・・。

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雑木林に見えた緑はヤシの木でした。う~ん、南国だ!。

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コロンボ近郊のバンダラナイケ国際空港には1時間ほど遅れて着陸。外へ出てみれば、気温は猛暑の日本より涼しい28℃程度。

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到着後、空港内でスリランカ・ルピーに両替。1円が1.38ルピーでした。

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到着後は空港近郊のネゴンボという海沿いの街へ。ネゴンボはスリランカ最大の漁港をもつ街ですが、空港に近いので玄関口としてビーチ沿いにたくさんのホテルが並んでいます。今宵はスリランカ出身の有名な建築家ジェフリー・バワが初めて設計したホテル「ジェットウイングラグーン」に暗くなってからチェックイン。洗練された室内は・・・撮り忘れましたが派手さは無くて至ってシンプル。風変わりなのはバス、トイレが外にあること(ちょっと落ち着きません)。あとはお湯さえチャンと出てくれたら完璧でした!?。

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夕食はスリランカ風のものを。左上は真ん中に卵を落とし込んだお椀型クレープ、ビッタラ・アーッパ。なかなか美味でした。スリランカ料理はもちろんカレーばかりではありません。

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8月10日金曜日は曇り空。明るくなってみればホテルの敷地は広大。

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ホテル玄関から道路を渡るとインド洋が広がっていましたが、波は荒くて冬の日本海の如し。この季節は南西モンスーンの影響で西海岸は天気が悪いのだそうです。

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敷地内にはヒメコモンアサギマダラの姿が。

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植物はよく判りません・・・。

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さて朝食を済ませてから街へ。大勢の人出賑わっていたのは漁港と隣接する魚市場でした。

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現地の人ばかりで観光客は皆無でしたが、ここはやっぱり突入するしかないでしょう。

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意外にも扱われている魚は日本人に馴染みの種類ばかりでした。

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那覇の牧志公設市場で見かけるような色とりどりの熱帯魚風は全く見かけません。

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漁港に隣接した市場ですから、もちろん鮮度は抜群!。

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でも周辺に散らばったゴミから発する生臭さはかなり強烈です~。

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包丁ではなく鉈(なた)で魚を裁くのが日本と違うところ。周辺の人が鉈を持って歩いているのでチョッと怖い!?。

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港には無数の小型船が集結していました。

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日本の漁船よりカラフル。

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道路の反対側にも渡ってみたいけれど、交通量が多くて渡るのは容易ではありません。日本と同じ左側通行なのはイギリス領だった影響でしょうか。

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車は日本製、バス、バイク、3輪車はほとんどインド製。

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タクシーは3輪車がほとんど。

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商店の看板はシンハラ文字で電話番号以外は解読不能。

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郵便ポストは昔の日本風でした。

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街はあまりゴミは落ちていなくて意外に清潔。

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民家の庭先にはパパイヤの木。

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これから世界遺産の古代都市ポロンナルワへ向かいます。長くなって来たので続きはまた後日~。

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6月22日金曜日。晴れ。朝は19℃、日中は28℃。貴重な梅雨の晴れ間になりました。

クリニックは朝から混雑。体調が悪い時やご高齢の方はなかなか雨の日には来にくいもの。久しぶりに晴れると混雑します。

当院が予約制にしたのは2009年7月のことで既に9年になりますが、内科の性格上、かぜ、腹痛の方や急に体調を崩された方など予約外で受診される急性疾患の方も多くいらっしゃいますので、完全予約制には出来ません。あくまで“予約優先”という程度の緩い予約制です。そんな訳で調子の悪い時にはガマンせずに受診して下さって結構です。また天気の悪い時には予約があってもどうぞ無理はなさらずに~。

6月23日土曜日。曇りのち雨。朝は20℃、日中は24℃。 昨日とは一転して天気が悪くなりました。クリニックは朝のうちは予約外の方で混雑しましたが、雨が降り出した昼前には待合室が閑散としていました。

診療終了後は所用で羽田から夕方の飛行機で福岡へ。羽田は大雨でしたが福岡は晴れていました。

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6月24日日曜日の福岡地方は晴れ。朝は20℃、日中は29℃。午前中に仕事が終わって、帰り際に櫛田神社を覗いて来ました。

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櫛田神社は古くより博多の氏神・総鎮守として信仰を集めている神社。

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現在7月1日から15日にかけての博多祇園山笠に向けて準備中。

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近所では祭りに向けて安全祈願の神事が執り行われているところでした。

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境内には博多祇園山笠の飾り山が常設展示されています。下の写真は表と裏。

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博多祇園山笠のクライマックス「追い山」は7月15日の午前4時59分、一番山笠が櫛田入り奉納を皮切りに合計8つの山笠が次々に櫛田入りを行い、まだ薄暗い博多の街へと駆けだして行くそうで・・・。いつかは見てみたいものです。

さて櫛田神社を後にして空港へ向かう途中、毎度のことながら博多駅へ挨拶に。

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特段珍しい車両の姿は無し。

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そんな中、新幹線の電光掲示板の横に「博多南線」の掲示板を発見。日中は1時間に1本の運行ですが、ちょうど良い時間に列車があったので乗ってみることに。

博多南線はその筋では有名なのでご存知の方も多いかと思いますが、山陽新幹線の終点博多駅から車両基地(博多総合車両所)までの回送線を旅客線化した路線。

新大阪からの「こだま」が到着して、そのまま博多南行きになります。車両は今や貴重な500系8連。700系やN700系が運用に就くこともあるそうです。

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旅客営業上は在来線扱い。営業キロは8.5kmで運賃は200円。それに特定特急券100円が必要なので、計300円かかります。特急扱いですがJRグループで唯一列車名の無い特急。

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たった300円で動いている新幹線車両に乗れるので、かなりお得!?・・・なんて考えていたら、案の定日曜日とあって新幹線車両に乗車すること自体が目的と思われる親子連れがたくさん乗っていました。

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発車して少しスピードが乗って来たところで、本線から岐れて高架線下へ。

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左手に車両基地が広がって来たところがもう終点です。所要時間はたったの8分。物足りなくて“降りたくない~”と駄々をこねる子供たちも。

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ホームの有効長は8両ギリギリでホーム幅も普通よりだいぶ狭い感じ。

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ホーム上で車内清掃をしてこのまま折り返し博多行きとなり、さらに博多から新大阪行きの「こだま」として運用されるようでした。

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日中は1時間に1本なので、荒涼とした車両基地のはずれにある小駅を想像していましたが、みどりの窓口もある立派な有人駅でした。

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これで寄り道はおしまい。夕方の飛行機は梅雨前線に煽られて結構揺れました~。

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6月4日月曜日6月5日火曜日は晴れて気温が上昇。特に月曜日は各地で今年一番の暑さを記録し、北海道内陸部では軒並み30℃超えに。当地でも28℃まで上がりました。ところが一転して6月6日水曜日は朝から雨で終日17~19℃。一気に関東甲信、東海、近畿地方が梅雨入りとなりました。

クリニックは特定健診・長寿健診の方々で連日混雑していましたが、かぜ症状や体調を崩されて受診される方は少なめ。健診は既にだいぶ先まで予約枠が埋まって来ました。受診ご希望の方はどうぞお早めにご予約下さいませ~。

さて今日はまたまた5月27日日曜日の山口行きレポートの続きを。山口線の長門峡駅でSL「やまぐち」号のD51200の発車シーンを狙いましたが見事に撃沈。気を取り直して今度は徳佐駅の発車シーンを狙うことに。徳佐駅は12時43分の発車。先回りして待ち構えていると、定刻通りになかなかの煙を吐きながらやって来ました!。

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煙が客車に少々かかりましたが・・・。

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まあ許容範囲内!?。

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大きな汽笛を鳴らしながら眼前を通過して行きました。

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直ちに撤収してSL「やまぐち」号の終点津和野へ。津和野着は12時59分。到着後ほどなく客車の入換作業が始まりました。

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入換作業が終わるとゆっくりターンテーブルに近付いて来て・・・。

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そろりそろりとターンテーブルに乗りました。

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その後ゆっくりと方向転換。

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留置線に入ってしばし小休止。

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ここで復路に備えて点検と給水を受けます。

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留置線に入ったのを見届けてわれわれも駅前のカフェでしばし小休止。

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さて下り15時17分発の下り列車に乗るべく津和野駅へ戻ると、D51200は既に客車の先頭に立ってスタンバイしていました。上りSL「やまぐち」号は15時45分発。

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客車は5両編成で前後に展望車が連結されています。最後部5号車のスハテ35形から順に眺めてみます。

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戦前の客車に見られた採光窓の付いた二重屋根構造。

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一見とてもクラシカルな客車に見えますが、車端には昭和29年6月新潟トランシス製造を表わす標記が!?。

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実はこの編成、「最新技術で快適な旧型車両を再現」したJRグループ最新の客車なのです。もちろんドアは旧来の手動ドアではなく自動ドア、照明は電球色LED、温水洗浄便座付き洋式便器、車椅子スペースも完備。

下の写真は4号車オハ35形と3号車ナハ35。

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日除けのブラインドも古風に演出。

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旧型客車には無かった冷房装置は目立たないように取り付けられています。

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2号車スハ35、そして1号車オロテ35形は1等車を示す白帯。

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オロテ35形はグリーン車扱いで大型リクライニングシートが備えられています。

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そして先頭にはD51形蒸気機関車200号機。

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罐圧は十分に上がって時折安全弁が吹いていました。準備万端。

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下は相棒が撮ってくれたツーショット。

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さて発車を見届けることなく15時17分発の益田行きに乗車。

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山陰本線との接続駅、益田には15時58分着。

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ここから萩・石見空港まではバスでも12分ほど。たった2便の東京便が就航しているだけの小さな空港でした。

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折り返し東京便が降りて来て17時45分発ANA1104便になります。機種はA320。意外にも満席に近い状態でした。

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羽田空港には19時20分着。

夜行日帰りの旅は充実していましたが、年齢的にそろそろ辛くなって来たかも!?。

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6月2日土曜日。晴れ。朝は18℃、日中は25℃。今週末は好天に恵まれました。予報では梅雨入り前の貴重な週末の晴れ間になるかも(?)。

クリニックは朝早い時間帯が混雑。季節柄か春の健診で引っかかった方が多くいらっしゃいました。土曜日はお勤めの方が多いので国保の特定健診の方は少なめですが、動悸や胸痛を訴える方が多くてやっぱり検査は多めでした。

診療終了後は東京駅へ。そのまま東北新幹線「はやぶさ」に飛び乗って仙台経由で松島まで出かけて来ました。

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目的地は松島の瑞巌寺。瑞巌寺は平安時代の初めに創建され江戸時代に伊達政宗によって再興された由緒あるお寺。平成20年から「平成の大修理」と震災被害を受けた参道の復旧工事が行われていましたが、この春全ての工事が終了。6月24日の落慶法要に向けて現在様々な行事が開催されています。

(下はJR東日本の情報誌“トランヴェール”6月号の記事)

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日が長い季節とは言え、診療が終わってからでもまだ明るいうちに松島に着けるとは新幹線さまさまです。

参道の途中には津波到達地点を示す立札がありましたが、結構本堂近く。

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今宵の目的は瑞巌寺落慶記念コンサート「竹原ピストルin瑞巌寺」。

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落慶記念で竹原ピストル・・・う~ん、チョッと面白そうということで足を延ばした次第。

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会場は本堂。何と国宝の建物内そのものの中です!。

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建物は書院造で屋根は入母屋造本瓦葺。

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コンサートの入口とは思えませんね~。もちろん靴を脱いで下駄箱にしまっての入場ですが、素足は厳禁で靴下着用が義務付けられています。

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会場内は残念ながら一切撮影禁止ですが、桃山文化を伝える彫刻や襖絵は豪華絢爛。コンサート開演前には一般的アナウンスに加え、立ち上がらないようにとか、足を踏み鳴らさないようにとか、周辺を触らないようにとか、国宝ならでは(!?)の諸注意がありました。

開演時間19時ちょうどに一角の襖が開いてTシャツにバンダナを巻いた普段の出で立ちの竹原ピストルが登場。金箔に松があしらわれた襖絵の前でコンサートが始まりました。私の席は前から7列目の正面。それでも真ん中よりは後ろでしたが、とても狭い会場なので、ちっ、近い~。

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楽器はギターとハーモニカだけ。独特の世界観の歌を持ち前のハスキーボイスと抜群の歌唱力で2時間近く熱唱。荘厳な雰囲気の中で迫力のステージでした。

帰りは真っ暗な境内を通り抜けて・・・。

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仙石線の松島海岸駅へ。

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21時04分発の電車で仙台駅に21時41分着。

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仙台駅で在来線ホームを偵察に行きましたが、珍しい車両は見当たらず。

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今晩は最近東側に新しく出来たJRのホテルに投宿することにしました。

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翌朝カーテンを開けると眼下に仙台駅。

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居ながらにして駅の観察が出来る“鉄”にはうってつけの部屋だったのでした。

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朝食を済ませて早々の新幹線で帰宅の途に。

あれっ、ここまで来て松島は?、青葉城は??。今回は日曜日夕方に用事があるので直ぐ帰らねばなりません。まあ、またの機会にね~。

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6月1日金曜日。晴れ。朝は19℃、日中は26℃。梅雨入り間近にしては湿度が低めで久しぶりに清々しい朝になりました。

クリニックは朝から混雑。6月になったからでしょうか(!?)、しばらくいらっしゃっていなかった方がちらほら。かぜ症状の方も増えて来ました。特定健診・長寿健診は本日スタート。検査もバタバタしてました。

さて今日も先日の山口行きのレポートの続きを。山口線の長門峡に5月27日日曜日10時22分に到着。後続(・・・とは言っても1時間半以上あと)のSL「やまぐち」号を迎え撃ちます。ビデオとカメラを設置して準備万端。

やがて遠くに汽笛が聞こえて、昨年から本線運転に復帰したばかりのD51形200号機が長門峡駅構内に入って来ました!。おぉ、素敵な黒煙!!。

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ところが発車時間が迫って来たところで一陣の風が。ああっ、煙が流れてしまう~。

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その上に発車の汽笛を吹鳴したところで、列車から駆け下りて来た興奮したお兄さん2人が画面内に入って来るではありませんか!。

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さらに動き出した機関車を追いかけて疾走!!。あ~ぁ~。

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煙もショボショボだし・・・。

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少し出始めた煙も横に流されるし、人物を画面から外すと客車の後ろが切れるし・・・。

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ワタワタしているうちに・・・。

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D51200は悠然と眼前を通過して行きました。

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散々な結果に終わりましたが、ビデオに記録されたドラフト音と汽笛はとっても素敵でした。気を取り直して先へ進みますが、続きはまた後日~。

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気が付けば5月も最終週に突入。5月28日月曜日5月29日火曜日は晴れたり曇ったりでしたが、5月30日水曜日は昼過ぎから雨になりました。5月28日月曜日には早くも九州北部と四国、山口が梅雨入り。平年より8日早い梅雨入りだそうです。

今週のクリニックは概して平穏な日々でしたが、ややかぜ症状の方が増えた感じ。いまだに大和市内の所々でインフルエンザが局地的に燻っているようです。火曜日の昼は大和市医師会事務局で会計業務。水曜日の昼は当医療ビル6件7科のミーティング。

さて今日は先週末の続きをレポートします。5月26日土曜日に東京発22:00の「サンライズ瀬戸」に乗車。23時23分の熱海発車後に寝る態勢に入りましたが、振動と騒音の中でも意外に良く眠れて、次に外を見たら大阪に運転停車中でした。しっかり起き出したのは5時25分の姫路発車前。

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外は朝日に照らされた日本の田園風景。

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流れる車窓風景を個室寝台から眺める至福のひととき。こんな機会を味わえるのは、今や定期列車ではこの「サンライズ」だけ。

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6時少し前に“おはよう放送”が入りました。

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岡山着は6時27分。私どもはここで下車。

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高松行きのマリンライナーがお出迎え。これに乗って瀬戸大橋から朝の瀬戸内海を眺めてみたい衝動に駆られましたが・・・。

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「サンライズ」はここで分割され、まずは6時31分に「サンライズ瀬戸」高松・琴平行きが発車して行きました。

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その後6時34分に「サンライズ出雲」出雲市行きが発車。

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「サンライズ」を見送った後、岡山駅構内のカフェで軽く朝食を摂り・・・。

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新幹線ホームへ上がると、東海道ではとうに見られなくなった500系「こだま」に遭遇しました。貴重な500系にも乗りたいけれど・・・。

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先を急ぐために今回は7時15分発の「さくら541号」鹿児島中央行きに新山口まで乗車。

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新山口には8時26分着。新山口では黄色単色塗りの山陽路の115系が。

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新山口からは山口線に乗車します。後発の山口行き普通列車でも良いのですが、乗り心地を体験するためにわざわざ先行する8時52分発の特急「スーパーおき」米子行きに15分間のみ乗車。キハ187系は大出力エンジンに軽量車体を載せ、制御付自然振子装置を搭載して2001年から運用開始された車両。今となっては陳腐化してしまった内装や振動、騒音が気になりますが、パワフルな加速は健在。山口には9時07分着。

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ここからはさらに普通列車に乗り継ぎ。

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単行のキハ40は“明治維新150年”と“レノファ山口FC”のラッピングが施されていましたが、煤けていて残念な状態に。

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一端には“日本国有鉄道”の銘板が残っていました。

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山口駅の古いホーム上屋の柱には“国鉄建物財産標”も。国鉄が解体されてから30年以上経つのにまだまだ国鉄の遺産がたくさん。

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9時47分発益田行き普通列車で最初の目的地である長門峡駅に10時22分到着。

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ここはホーム1本1線のみの無人駅。実は今までも何回か訪れていますが、今回も性懲りも無く蒸気機関車の写真を撮るためにここまで遥々やって来たのでした。

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あと1時間半ほどで蒸気機関車D51が牽引するSL「やまぐち」号がやって来ます。駅の益田寄りは線路がほんの少し高めの築堤上を通っています。

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その先は小さな踏切を渡って列車は鉄橋上に躍り出ます。

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なかなか雰囲気の良い古い鉄橋。

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ここは沿線でも有名撮影地の一つ。鉄橋の向こう岸には既に多くのカメラマンが陣取っていました。

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でもわれわれは“写真”が好きなのではなくて“機関車”そのものが好きなカマ屋ですので、駅近で発車シーンを狙うことにします。

長くなって来たので続きはまた後日に~。

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5月26日土曜日。曇りのち晴れ。朝は19℃、日中は26℃。

クリニックはそれなりの混雑でしたが、ほぼ予約時間通りに診療が進行。今週は平穏な1週間でした。

診療終了後は東京駅へ。今日は22時00分発「サンライズ瀬戸」に乗車します(!)。ご存知のようにサンライズは現在唯一残った定期の寝台特急。乗車するのは2016年12月21日以来です。

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9番線ホームで待っていたら、以前より早めの21時35分頃に入線して来ました。

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リニューアルされたようで車体はピカピカ。

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岡山までは「サンライズ瀬戸」高松・琴平行きと「サンライズ出雲」出雲市行きが併結されて14両編成で運転されます。

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車輛は基本2階建て構造。

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ビジネスユースを想定してシングル個室中心の構成。残念ながら食堂車はありません。

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少数の「サンライズツイン」や下の写真のような「ノビノビ座席」(船の桟敷席のような感じです)もあって、様々な場面で利用できそう。

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車内は狭い空間を有効活用するために考え抜かれた構造です。

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さて前回はB寝台「シングル」でしたが、今回は6室しかないA寝台「シングルデラックス」が取れました。

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車内に入ると、太った人は擦れ違えないくらいの狭い通路。

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廊下から数段階段を上がるとそれぞれの個室の扉。テンキーで施錠出来ます。

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部屋に入ると車体カーブに合わせた大きな1枚窓。2階なので視線は高めです。

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ベッドはもちろんですが、小テーブルや椅子、洗面台も備えられていて快適な一夜が過ごせそう。

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枕元にはライトやオーディオ、時計、空調などのコントロールパネル。以前あったテレビは撤去されています。スリッパ、寝間着、アメニティグッズも。

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アメニティグッズの中にはシャワー室で使うシャワーカードも入っていました。シャワー室のリーダーにこのカードを通すと6分間お湯が出ます。

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さてどこへ行くかって!?。

長くなって来たので続きはまた後日に~。

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さて今日は連休前半、先日4月28日土曜日から4月30日月曜日にかけての北海道行きのレポートの続きを。

4月29日日曜日は旭山動物園で思わず時間を費やし過ぎてしまい午後3時過ぎになって国道237号線をJR富良野線に沿って南下。今宵の宿泊地である富良野を目指しました。

南下するにつれて雪を頂く山々が近付いて来ました。

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途中立ち寄ったJR上富良野駅は上富良野町の中心駅で明治32年開業。典型的な北海道様式の駅舎でした。

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まだ4時前でしたので国道237号線を外れて東側の丘陵地帯へ。北海道らしい一直線の道路では思わずスピードが出てしまいます~。

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途中「ひつじの丘」で小休止。ソフトクリームを・・・!?。

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そこからビール麦畑を抜けて「北の国から」ロードへ。

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このあたりから見えるのは富良野岳、前富良野岳、中富良野岳・・・あたりでしょうか。

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だいぶ日が傾いて来たので、東側の丘陵地から西側の富良野盆地へ降りて行き・・・。

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国道237号線を横切って今夜の宿がある西側の丘陵地を目指します。途中JR富良野線を渡る踏切脇には西中駅がありました。1両分のホームと小さな待合室があるのみ。

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待合室の時刻表を見たら何と5分後に旭川行きの列車が来るではありませんか!。しばし待っているとラベンダーカラーを纏ったキハ150形2両編成旭川行きがやって来ました。ホームにかかるのは先頭車のみで2両目は踏切内に停車。

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折角停車したのに乗降客は皆無でした。17時10分定刻に北へ向けて発車して行きました。

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西側の丘の上に上がれば広大な盆地が一望。背景は十勝岳連峰でしょう。

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次第に暗くなって山の稜線がはっきりしなくなって来た頃に・・・。

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気付けば大きな月の姿が・・・。

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さて翌4月30日月曜日の富良野地方は曇り時々晴れ。日の出は4時25分。

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日の出をみてから朝食を摂り、白金温泉近くの「青い池」へ。アルミニウムを含んだ地下水が美瑛川と混ざって溜まり、そこに太陽光が当たって青くなるのだそうです。

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晴れたり曇ったりの天気でしたが、光の当たり方で色調が変化。立ち枯れたカラマツの木が幻想的です。

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こんな山奥なのに外国人観光客の方が多数。Apple社OS X Mountain Lionの壁紙のひとつに採用されたことで有名になったそうです。

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さてそこからさらに白金温泉を越えて十勝岳スカイラインに入ってしばらく行くと「十勝岳望岳台」。

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ここからは十勝岳連峰が目前。十勝岳は2077m。

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まだ周囲には雪が残り、スキーを楽しんでいる人の姿もありました。

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北側を望むとさらに遠くにも雪を頂いた山々が。

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低温に加えて強風。身体が冷え切ったところで早々に下山。美瑛へ向かう「白樺街道」はその名の通り両脇に白樺が連なっていました。

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途中ファームズ千代田に立ち寄って・・・。

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家畜と戯れて参りました。

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下は美瑛駅。近くの蕎麦屋さんで遅めのランチ。北海道に来てまで蕎麦かって?。いや~、一行一同お腹の調子が良くなかったもので・・・。

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帰りは旭川16時25分発のJAL556便で羽田空港に18時10分着。機材はボーイング767-300でした。

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今回は2泊でしたが初日は夜の到着でしたから実質は1泊2日の強行軍。それでも充実した満足の旅でした。

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新年度に入ったと思ったのも束の間、いつの間にかもう5月に突入してしまいました。月日の経つのは速いものですね~。

ゴールデンウィークの狭間の5月1日火曜日5月2日水曜日は天候に恵まれて気温も高め。世の中、9連休なんて方も少なくない様ですが、当院は例年の如くカレンダー通りに診療。でも朝の通勤電車は普段の平日よりも明らかに空いていて、スーツケースやリュックを携えた方が目立ちました。チョッと勤労意欲が低下気味!?。

クリニックは皆さん出かけてしまって閑かと思いきや結構混雑。寒暖の差が大きいためか体調が優れない方やかぜ症状の方が多め。また祝日の並びの関係か例年にも増して近隣のクリニックで臨時休診のところが多かった様で、他院かかりつけの患者さんで薬を切らして飛び込んで来られる方も少なからず。火曜日の夜は連休中にも拘わらず大和市医師会事務局で医師会会計の内部監査~。

さて今日は先日の北海道行きの続きをレポートします。前夜遅くに旭川入り。翌4月29日日曜日は快晴となりました。旭川地方の最低気温は2℃(!)、最高気温は24℃で何と気温差20℃以上。

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快晴の割に大雪山系が薄ぼんやりと霞んで見えるのは、ロシア極東の森林火災の影響でPM2.5濃度が上昇しているためだとか。

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まずは朝一番で旭山動物園へ。ここは日本最北の動物園ながら一般的な動物の姿形を見せることに主眼を置いた「形態展示」ではなく、行動や生活を見せる「行動展示」を実施して注目を集め、一時は入場者数が日本一の上野動物園に肉薄するほどに。今年の夏期開園期間が昨日始まったばかり。

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入園料は大人820円。園内はゴールデンウィークとあって大混雑。外国人観光客もたくさんいらしていました。

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噂に違わぬユニークな展示方法。動物たちがとっても近くに感じられました。

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柵や水槽には各所に覗き穴があけられていて色々な角度から動物を観察出来ます。巨大なホッキョクグマも眼前に。

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ホッキョクギツネ、ユキヒョウ、シロフクロウなどの寒いところの動物は季節外れの暑さでぐったり?。

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同じ目の高さで巨大なアムールトラが迫って来ると思わず後ずさりしてしまいます。

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でもチョッと近過ぎて、マーキングする習性のある動物には「お尻を向けたら要注意!」の注意を促す札が。

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観客の頭上にアムールヒョウ。ヒョウの肉球は初めて見たかも。

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さらにレッサーパンダも・・・。

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観客の頭上を渡り・・・。

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オラウータンも観客の頭上を・・・。

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そして巨大なカバや・・・。

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さらにヘビさえも・・・!?。当然のことながら落下物には要注意。

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別にジャイアントパンダのようなスーパースターや超レアな動物が居る訳ではなく・・・。

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ゾウやライオン、サイなどのメジャーな動物さえ居ませんでしたが・・・。

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何だかとっても充実感がありました。

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朝一番に入場して気付けば午後3時近くに。

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う~ん、予定よりだいぶ長居してしまいました。これから美瑛、富良野方面へ向かう予定ですが、チョッと長くなって来たので続きはまた後日に~。

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1月21日日曜日。晴れ。朝は2℃、日中は11℃。

今日は昼から駅前までウォーキングがてら買い物へ。寒いけれど日差しは暖かで、少しは春が近付いて来たかも。それなりに一生懸命歩いたのに帰りに思わずカロリー補給。これで帳消し!?。

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さて今日は先週1月14日日曜日の姨捨行き続きを。E351系「スーパーあずさ」の乗り納めをしてスイッチバック式の姨捨駅に11時52分に到着。降り立ったのは案の定われわれ2人のみでした。乗って来た電車が行ってしまうとあたりは静寂そのもの。

1934年に建てられた駅舎はリニューアルされて綺麗になっていました。

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駅舎の横には2017年5月から運行されているクルーズトレイン「TRAIN SUITE 四季島」が姨捨駅に立ち寄るために整備された夜景バー「更級の月」の建物。残念ながら四季島運行時のみの営業。

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そして肥薩線矢岳越え(九州)、旧根室本線狩勝峠(北海道)と合わせて「日本三大車窓」と言われた姨捨駅からの車窓は・・・。

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善光寺平が一望のもと!。

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中央を流れるのが千曲川、そして川中島あたり。

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これだけ広大な土地、武田信玄も上杉謙信もさぞや欲しかったことでしょう。

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右下方には重要文化的景観、棚田100選に選ばれた「姨捨の棚田」。

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山側は雪に覆われていましたが・・・。

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日当たりの良い下の方は雪はありませんでした。

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これらの風景を見るために、ホームのベンチが全て線路に背を向けているのが普通の駅とは異なるところ。

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駅舎は2010年にリニューアルされたそうです。

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2016年の乗車人員は僅かに1日平均56人。

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無人駅ですが、待合室はとっても綺麗。

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ただ暖房が無いので、寒くてじっとはしていられません~。

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片隅に姨捨山の民話。

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かつて貧しかった村では口減らしのために60歳になった年寄りを山に捨てる掟があったそうで・・・。私も間もなく山に捨てられる年ごろ!?。

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さて帰りの松本方面の列車は13時02分発茅野行き。

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篠ノ井方面からホーム下方の線路を登って来ました。

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ホーム下を通過してスイッチバックの引き上げ線に入り・・・。

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進行方向を変えてバックでホームに入って来ました。

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ここで一足先に入線していた対向列車と交換。

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駅名標の標記がスイッチバックを端的に表現しています。

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車内はやはり混雑していました。途中で長野行き特急「しなの」と交換したり・・・。

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EH200牽引のタンカー貨物を追い抜いたりしながら・・・。

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13時57分に松本駅着。ホームにはやはり2両ではとても乗り切れないほどの乗客が待っていました。松本駅ではかつて東海道線で君臨していた211系近郊電車の姿も。

松本駅構内で遅めのランチ。「松本丼」とやらはヒレカツに山芋かけて玉子とじにしたもの。う~ん・・・。

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さて松本からは昨年末にデビューしたての新型スーパーあずさで帰りますが、長くなって来たので続きはまた後日に~。

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今週前半、1月15日月曜日1月16日火曜日は晴れて朝は-1~0℃、日中は12~13℃でしたが、1月17日水曜日は昼から雨になって寒さは緩み、朝は7℃、日中は14℃でした。つい先日正月だったのに気付けばもう1月半ば。“あけまして・・・”なんて挨拶が何だか間の抜けな感じになって来ました。

今週のクリニックも大混雑。かぜ、感染性胃腸炎、インフルエンザの方に加え、血圧や不整脈、健診の再検査、更には早くも花粉症症状を訴える方も。インフルエンザはいよいよピークが近付いて来た感じ。A型が優勢になりましたが、まだまだB型も負けてはいません!?。

あるA型インフルエンザを発症された奥様が「主人にうつしたら大変なのでタミフルを出してもらえませんか?」とのご要望。お気持ちは分かりますが、予防投与の対象は原則として発症患者さんに同居している高齢者(65歳以上)、慢性呼吸器疾患または慢性心疾患患者、代謝性疾患患者(糖尿病等)、腎機能障害患者さんに限られ、さらに予防目的で使用するタミフルはすべて保険適応外になります。もちろん診察しないで処方箋を交付することは禁じられています。どうぞご勘弁下さいませ~。

さて今日は1月14日日曜日の続きを。E351系の乗り納めでスーパーあずさ5号で松本に10時38分に到着。折角ですので篠ノ井線に乗り継いで日本三大車窓の一つである姨捨まで足を延ばす予定。

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入線して来た11時09分松本発の篠ノ井線長野行きはE127系100番台の2両編成でした。平成10年営業開始のJR世代の車両です。

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休日のせいか、長野まで遊びに行く若者で車内は一杯でした。松本、長野の2大都市を結ぶシャトルにしては2両では足りないのかも。松本を発車すると北アルプスを遠望しながら松本盆地を抜け、単線なので時折対向列車待ちをしながら高度を上げて冠着峠越えへ。

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聖高原、冠着、姨捨と進むと、次第に雪が多くなって来ました。

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冠着トンネルを抜けて姨捨駅が近付いて来ると・・・。

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進行方向右手にスイッチバックの引き上げ線が。

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さらに進むとポイントが見えて来ました。

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右に岐れて下って行くのが通過線。蒸気機関車の時代とは変わって車両性能が良くなった現在ではスイッチバックを必要とする車両は皆無。駅に停まらない通過列車はスイッチバックを使わずにここを通過して行きます。

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本線上にはホームは設置されておらず通過列車はホームに入りません。姨捨駅に停まる列車だけが左上のスイッチバック引き上げ線に入ります。

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引き上げ線を上がって行くと姨捨駅のホームが見えて来ました。ここだけが水平。

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山影に入っているせいか、ホーム部分は雪に覆われていていかにも寒そう。

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11時52分姨捨駅に到着。下車したのはわれわれ2人のみでした。

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ここで進行方向を変えてバックで発車。運転士は前へ移動することなく、後部運転席から身を乗り出して前方を注視しながらの逆行運転です。

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先ほどの引き上げ線に入って再度進行方向を変えて、姨捨駅ホームの下方を篠ノ井方面へ下って行きました。

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帰りの列車が来るまで1時間あまり。ここからの眺めを堪能したいと思いますが、長くなって来たので続きはまた後日に~。

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10月8日日曜日10月9日月曜日は体育の日の連休。晴れて気温が上がり絶好の行楽日和となりました。

この連休は医師会旅行。初めてクリニック単位で参加させて頂いて六甲界隈へ行って参りました。総勢31名。10月8日日曜日新横浜8時22分発の「ひかり463号」で新神戸に11時14分着。

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北野でランチ後は異人館めぐり。気温は28℃くらいまで上がって汗だくに。

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菊正宗の酒蔵を見学した後、六甲山展望台に上がりました。

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う~ん、素晴らしい景色!。夜景も見てみたいところ。

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宿泊は有馬温泉。夕食前、深夜、早朝と温泉を堪能させて頂きました。

10月9日月曜日の早朝には入浴後に温泉街の散策。

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もちろんお土産物屋さんは開いていませんが・・・。

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“鉄”としてはやはり神戸鉄道有馬線の有馬温泉駅を表敬訪問しないとね~。

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私としたことが、神戸鉄道にはまだ乗ったことがありません。また改めてまた伺います。

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朝食後、9時には宝塚へ向けて出発。まずは手塚治虫記念館へ。

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私自身はブラックジャックよりは鉄腕アトムやジャングル大帝の世代。

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でもカラーではありませんでした・・・。

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その後は隣接する宝塚大劇場へ。

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今回の旅行に参加しなければ一生見ることが無かったであろう宝塚歌劇団の公演を鑑賞させて頂きました。

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う~ん、いろんな意味で世界が違う!?。

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公演後は三ノ宮、元町、南京町あたりを散策してから・・・

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新神戸駅へ。乗車予定の「のぞみ」の一本前の「こだま」は今や貴重な存在となった500系でした。

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17時06分発「のぞみ40号」に乗車。車内で新神戸駅で購入したたこつぼ風陶器に入った「ひっぱりだこ飯」の夕食。

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新横浜に19時34分に無事到着。限りなく“弾丸”に近いツアーでしたが、充実した楽しい旅になりました。

ご尽力頂いた皆様に感謝!。

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9月29日金曜日9月30日土曜日はともに晴れベースの天気。朝は15~17℃、日中は24℃で木曜日とは一転して爽やかな秋晴れになりました。

クリニックは9月末を迎えて混雑気味。6月1日から始まった特定健診・長寿健診も今週末でおしまい。予約制を導入する前までは、駆け込み受診の方で9月末は大混乱になるのが常でしたが、予約制を取り入れてからはさしたる混乱は無し。今年も平穏無事に終了しました。もちろんまだまだ健診判定作業は続きます。

土曜日の診療終了後は第65回日本心臓病学会学術集会に参加するために新横浜から夕方の新幹線に乗車。会場は大阪の国際会議場ですが、明日早朝に大阪入りすることにして今夜は京都で途中下車。ホテルに荷物を置いて、鴨川と高瀬川に挟まれた木屋町の「鳥彌三」で夕食にしました。

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ここは天明8年(1788年)創業の老舗。

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建物は登録有形文化財。風情ある趣です。

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実は全くの想定外だったのですが、まだ鴨川納涼川床が設置されていました。川床とは納涼のために川岸に張り出して設置された野外席。つまるところリバーサイドのテラス席です。

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基本メニューは「水炊き」のコースのみ。

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鶏ガラを3日間炊き込んで作る白いスープは絶品でした。

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鱧はお勧めに従って注文したエキストラ。こちらは今日まで。

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最後は雑炊にして・・・。

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お店を出て鴨川側から見たのが下の写真。

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京都の夏の風物詩である川床も、大和市の健診と同じく9月30日(つまり本日!)でおしまい。10月1日は一日休業にして撤去するのだそうです。

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9月22日金曜日。曇りのち雨。朝は18℃、日中は25℃。秋雨前線の影響で天気は不安定。午後からは突発的な豪雨に見舞われました。

クリニックは悪天候でもそれなりに混雑。かぜの方は少なめでも体調の優れない方はたくさん。健診で引っ掛かって受診される初診の方が多くて時間が掛かりました。タイミングによっては長時間お待たせしてしまった時間帯も。もっ、申し訳ございません~。

定期通院の患者さんの次回受診は10月~11月。インフルエンザワクチンの接種をお勧めする季節になりました。最近は多くの方が接種を希望されますが、「今まで打ったことが無いから」とか「今まで罹ったことがないから」とか「外に出ないから」なんて仰って打たれない方も。ご高齢の方や慢性呼吸器疾患、慢性心疾患、糖尿病、腎機能障害、ステロイド内服などによる免疫機能不全の方などは、万一罹ってしまった時に重症化するリスクが高いので、ぜひ接種をお考え下さいませ~。

さて本日はこの夏の東南アジア紀行の最終回を。8月15日火曜日はカンボジアのシェムリアップからベトナム航空VN836便でベトナムのハノイに19時50分着。ハノイの韓国系の高層ホテルの窓からは、空港とハノイ中心部を結ぶニャッタン橋が良く見えました。日系企業が施工して2015年に完成したもの。

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ライトアップは色調が七変化。

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さて翌日の8月16日水曜日は酷い雨でした。前夜はライトアップでクッキリ見えていたニャッタン橋もぼんやり。今回の旅で最初で最後の雨降りになってしまいました。

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眼下に広がるハノイの街もどんより。

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雨ですが、予定通りユネスコ世界遺産に登録されている景勝地ハロン湾を目指すことに。

出発はちょうど朝の通勤時間帯。ハノイ周辺は恐ろしい数のバイクが縦横無尽に。なんでもベトナムには約400万台のバイクが走っているとか。

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ハノイ市内の雑踏を抜け、高速道路をしばらく走り、さらに延々と一般道路を走ってハロン湾までは約150km、約3時間半の道程。やっと到着したハロン湾の船着き場にはたくさんのクルーズ船が待ち受けていました。

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ほとんどがランチクルーズ船の様で、それぞれ乗客の到着を待って11時半に一斉に出航。

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奇岩が浮かぶ湾内を進みます。

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周辺は水墨画で見たような光景。水上生活の方もいらっしゃる様です。

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客室内ではランチタイムが始まりました。

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ほどなく漁船が横付けされて・・・。

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漁師さんがシャコ、アサリ、カキ、カニを持ち込んで来ました。これらの“食材”をその場で購入して、そのまま船内で調理してくれるという寸法。

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二枚貝はチョッと心配だしカニも・・・という訳でシャコを購入。

そのうちに何やら船が集まるエリアに。

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名前の付いた岩(名前はう~ん、忘れました!)があって、それを見るために船が集まっているのでした。

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背後には林立する岩山。

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客室内ではさらにランチコースが進んで・・・。

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先ほどのシャコもこんな姿になって登場。

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デザートは太くて短い独特のバナナ。

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ランチが終了する頃に船着場に到着。

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鍾乳洞見物のために下船します。

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食後の程よい運動になりましたが、鍾乳洞の中も高温多湿。洞内を巡るうちに汗だくになりました。

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再びクルーズ船に乗り込んで帰途に。

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下船後は来た道を戻ります。帰りは夕方のラッシュ時間帯に当たってやっぱりバイクが縦横無尽に。交通ルールは・・・もしかして無い??。

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さてハノイに戻って空港へ。2015年1月に完成した真新しい空港は大成建設の作だそうです。

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JL752便東京成田行きは日付が変わって8月17日木曜日の0時05分発。機材はボーイング787-8。

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成田までは5時間25分のフライト。映画観るのも寝るのも中途半端な時間で、さらにそこに食事が出て来るので、ほぼ徹夜状態で帰国しました。

これで弾丸東南アジア3か国の旅はおしまい。次回はゆっくりと巡ってみたいものです~。完。

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9月11日月曜日は晴れ時々曇り、9月12日火曜日は曇り時々雨。両日とも朝は22~24℃、日中は28~29℃。スッキリしない週明けでした。とくに火曜日の日中天候が不安定となって、雷鳴が聴こえたかと思ったら一時停電に!。・・・でも大丈夫。幸か不幸か当院では電子カルテではないので全く動じません!?。

さて本日もお盆休みのレポートの続きを。8月15日火曜日は朝からカンボジア、シェムリアップ近郊のアンコール・トムへ。

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アンコール・トムは12世紀後半に建造された城砦都市。一辺3kmの堀に囲まれています。

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5つの城門のうち南大門から中へ。

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四面塔の顔の長さは約3m!。

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奥へ進むと中央にバイヨンと呼ばれる寺院跡。

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回廊の壁面は精緻なレリーフで覆われています。

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下は戦へ向かう行軍の様子。

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ここもまだまだ修復中です。

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第二回廊へ上がると・・・。

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四面頭がたくさん。

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下がカンボジア紙幣200リエルにも描かれている代表的な“顔”です。

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下の写真は遺跡内で見かけたトラフタテハ。東南アジアでは広範囲に分布する普通種。それにしても熱帯の蝶はとっても綺麗です~。

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さてアンコール・トムを後にして・・・。

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タ・プロームの遺跡へ。

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ここは12世紀末に仏教寺院として建立され、後にヒンドゥー教寺院に改修されたそうです。

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ここでは先日レポートしたベン・メリアと同じく、熱帯の樹木の浸食による遺跡の破壊が。

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こんなところから誰かが覗いています!?。

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木々を排除するのは容易では無さそうですが・・・。

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このままでは遠からず崩壊してしまいそう。

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諸行無常の響き在り・・・です。

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さてカンボジア観光はこれでおしまい。ベトナム航空VN836便18時05分発でカンボジアのシェムリアップからベトナムのハノイへ向かいます。所要時間は1時間45分。機材はエアバスA321-200でした。

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やはり短いフライトでも機内食の提供がありましたが、晩ご飯にしてはチョッと・・・。

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ハノイに1泊してから帰ります。

長くなって来たので続きはまた後日~。

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9月8日金曜日。曇りのち晴れ。朝は22℃、日中は28℃。

クリニックはやっぱり混雑気味。連日の特定健診・長寿健診でチョッとお疲れモードですが、もう少しの辛抱です。

診療終了後は大和市医師会内科医会の講演会に出席。今日は消化器分野、内視鏡診断と治療のお話でした。こんなにたくさんの内視鏡写真を見せて頂いたのは初めてかも!?。

さて今日もお盆休みのレポートの続きを。8月14日月曜日はアンコール・ワットを観光したのちに密林に埋もれたベン・メリアの遺跡へ。その後シェムリアップへ戻って小休止後、今度はトンレ・サップ湖へ向かいました。トンレ・サップ湖は東南アジア最大の湖で、100万人以上の水上生活者が暮らしています。今回はその中でもベトナム人が多く住むチョンクニアへ。

大小様々なクルーズ船が発着する乗り場から沖合へ。クルーズ船とは言っても・・・。

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水は決して綺麗ではありませんが、水上を軽快に飛ばすボートは爽快。

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大きな建物は商店でしょうか。

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小振りの個人住宅はどの家も開放的で戸締りなど出来そうもありません。

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でも衛星放送アンテナが付いている家もあって、意外に裕福な暮らしぶりなのかも。

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子供たちは部屋から直接川へ飛び込んで遊んだり・・・。

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家の前で釣りをしたり、部屋に吊るしたハンモックでうたた寝したりで、それなりに快適そうには見えますが・・・。

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炊事も洗濯も、おそらくはトイレも同じ水・・・う~ん、なかなか日本人には辛いかも。

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大きな建物は学校です。

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船でお迎え?。

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こちらは集団下校でしょうか!?。

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所々に観光客向けの商店やレストランも。

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そのうちの1軒に立ち寄って小休止。観光客向けなのでしょうが、ワニ、ナマズ、アナコンダなどが飼われていました。

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2階建てのそれなりに大きな建物でしたが、基礎は竹を束ねた浮きのみ。

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2階に上がってみると、水上は結構な賑わいでした。

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このあたりがメインストリートでしょうか。

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晴れていれば美しい夕景が見られたでしょうが残念。

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帰路に着いての道すがら。広大な蓮畑に立ち寄ってみました。

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時折雲の切れ間から輝く夕日に照らされる蓮の花がとっても綺麗でした。

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蓮の枝に着いたピンクの塊は巨大なタニシの卵!。

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チョッと喉が渇きましたが、道端の商店の店先にはたくさんの瓶が。

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瓶の正体はなんとガソリンでした。そう言えばガソリンスタンドをあまり見かけませんからね~。

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夕食を済ませたあとは、繁華街のナイト・マーケットへ。

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世界中からの観光客で賑わっていました。

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売られている商品は値段が有るようで無し。交渉次第でいくらでも・・・。

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朝4時過ぎから活動を開始してホテルに戻ったのは夜10時過ぎ。いつもながらチョッと動き過ぎです。もう少し優雅に旅すれば良いものを、根が貧乏性ですからね~。

カンボジア紀行はまだ続きます。

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9月5日火曜日は晴れのち曇り。朝は19℃、日中は28℃。9月6日水曜日は雨のち曇り。朝は21℃、日中は24℃。相変わらず暑いんだか寒いんだか良く判らない日々が続いています。

クリニックはそれなりに混雑。今週に入ってかぜ症状、特に咳が止まらない方が増えました。ここ最近の気温変化の影響でしょう。診療終了後は、昨日火曜日は大和市医師会理事会。本日水曜日は病診連携の会。今宵は全4回シリーズの初回で大和市立病院でした。夏休み体制の8月から一転、9月に入って何かと忙しくなって来ました。

さて今日もお盆休みのレポートの続きを。8月14日月曜日は早朝にアンコール・ワットの日の出を拝みに行ってからホテルに戻って朝食。その後、シェムリアップから東へ直線距離で約50kmの密林の中にあるベン・メリアという巨大寺院の遺跡を目指しました。

プノンペンにも通じる道路の両脇には多くのパラソル。

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どうやら竹筒に入ったご飯を売っているようです。

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ココナッツ風味で美味しいらしいのですが・・・やっぱり勇気がありません~。

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幹線道路を外れると、車よりもバイクや自転車が多くなります。

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覗き見る未舗装の脇道はいい感じです。

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車で約1時間かかってやっと到着。入口の欄干には保存状態の良い5つの蛇の頭を持つ神ナーガ。

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暑い参道を進むと・・・。

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すさまじい瓦礫の山が見えて来ました!。

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ここは修復されないまま放置されている遺跡の一つ。

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成長の早いジャングルの木が崩壊を助長している様子。

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ここが造営されたのはアンコール・ワット建造前の11世紀末~12世紀初頭。貴重な寺院の遺跡ですが・・・。

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今のところ修復の予定は無いそうです。

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遺跡の存在が明らかになった後も内乱で放置され、ポル・ポト派の支配が終わって地雷の撤去が進んだ比較的近年になって入れるようになったそうです。

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全貌が明らかになればアンコール・ワットを凌ぐ規模とか。

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遺跡上には簡素な木道が組まれていて、それに沿って見学することが出来ますが、それを外れるのはとっても危険!?。

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回廊の天井も落ちてしまっています。

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それにしても熱帯植物の繁殖力にはビックリ。

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昼なお暗い密林に埋もれた遺跡はチョッと迫力があります。

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いつの日にかアンコール・ワットのように修復される日が来るのでしょうか。

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凄まじい光景に圧倒されて、暑さも忘れて歩き回って来ました。

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拙い写真では迫力が伝わらないでしょうがご容赦を。

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カンボジア紀行はまだ続きます~。

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9月4日月曜日。曇り時々雨。朝は20℃、日中は23℃。肌寒い一日になりました。

週明けのクリニックはそれなりに混雑。案の定かぜ症状の方が多くなって来ました。やはり先週末から朝晩の気温が下がったためでしょうか。長寿健診・特定健診の予約は既に9月末までパンパン。もう、こっ、これ以上は・・・。ご容赦下さいませ~。

さて今日はお盆休みの東南アジア行きの続きを。8月13日日曜日はアユタヤからバンコクのスワンナプーム国際空港へ。新しくて広大な空港です。

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14時05分発のバンコク・エアウェイズPG913便でカンボジアのシェムリアップへ向かいました。機材はA320。フライト時間はたった1時間10分ですが、シートベルトサインが消えるや否や機内食が出て来ました!。

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慌ただしくかきこむと、もう着陸態勢に入っていました。眼下には広大な湿地帯が。

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着陸直前にはヤシの木に囲まれた高床の住宅が見えました。

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シェムリアップ国際空港はアンコール・ワットの玄関口。日本からの直行便はありませんが、中国、韓国、香港ほか近隣諸国からの国際便が就航しています。

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平屋建てなので、ボーディング・ブリッジなどというものはありません。

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一旦ホテルにチェックインしてから・・・。

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夕食を食べに外出。

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外国人向けにアレンジされているのでしょうが、なかなか美味でした。

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さて今回シェムリアップへ来た目的は、もちろんアンコール・ワットを見るため。翌8月14日月曜日はホテルを朝4時代に出発!。まずはチケット売り場へ。夜明け前のチケット売り場は海外からの観光客で大混雑でした。チケットは不正が無いように顔写真入り。10日間のうちの3日間有効でUS$62.00でした。

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アンコール・ワットの入口付近に陣取って日の出を待ちました。やがて空の色が茜色に染まって来ましたが、チョッと雲が多め。

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残念ながら雲の間からの日の出になってしまいました。

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それでも幻想的な雰囲気は堪能出来ました。

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日が昇ると大勢の観光客が遺跡内へ移動開始。

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アンコール・ワットは12世紀前半に30年以上かけて建立されたヒンドゥー教寺院。

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プノンペンに王都が移ると一時は忘れ去られるも、その後再発見され、16世紀には仏教寺院へ改修されています。

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壁面を埋め尽くす細かいレリーフの数々が圧巻。

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1970年代からのカンボジア内戦で破壊されるも、1992年には世界遺産に登録されて現在も修復過程にあります。

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もちろんレリーフの題材にはそれぞれ深い意味が・・・。

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急峻な階段の上は第三回廊。

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第三回廊まで上がると風が抜けて爽快でした。周辺は鬱蒼とした森林。屋根上を歩くサルの姿も見られました。

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下は西側の入口方向を望んだところ。

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下は東側へ回って見たところ。

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以上は“朝めし前”のお仕事。そろそろお腹が空いて来たので一旦ホテルへ戻って朝食にすることに。

長くなって来たので続きはまた後日~。

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8月31日木曜日。雨時々曇り。夏休みの最終日は生憎の天気になりました。気温は朝は24℃あったのに、日中は22~23℃、夜は何と21℃まで低下。先日まで暑さに辟易としていたのに、気温が下がれば下がったで暑さが偲ばれる・・・甚だ身勝手というもの!?。

さて今回は遅くなりましたがお盆休みのレポートを。今年は東南アジアを駆け足で巡って来ました。8月11日金曜日に羽田から11時20分発のJL031便バンコク行きに搭乗。機材はボーイング777-200。バンコクまでは6時間20分のフライトです。時差は2時間なので身体は楽チン。

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バンコク到着後はそのままアユタヤまで移動して投宿。翌日8月12日土曜日、ホテルのカーテンを開けると・・・!!。

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美しい日の出を拝むことが出来ました。

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朝食前にホテルの周辺を散策。セブン・イレブンに立ち寄ってみると、見たことのないお菓子屋や飲料水がたくさん。おにぎりも置いてありました。

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裏通りにはたくさんの屋台。周辺には美味しそうな臭いが漂っていましたが、初日にお腹を壊すわけにもいきませんので・・・。

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朝早くからお坊さんが各戸を巡り、信者の方々が丁寧に応対していました。

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さてホテルに戻って朝食後は世界遺産アユタヤ遺跡の観光へ出発。下はアユタヤのメインストリート。

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アユタヤは1350年から1767年にビルマの攻撃を受けるまで、アユタヤ王朝の首都だったところ。多くの寺院や遺跡が残っています。駆け足で巡って来ましたが、くどくどと来歴を述べてもしょうがないので、写真で雰囲気だけお伝えすることに。

#ワット・ヤイ・チャイ・モンコンには大きな仏塔。

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下の写真は上から眺めたところ。ちなみにワットは寺院の意味。

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周辺に並んでいるバンガロー風の小屋はお坊さんの住居。

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#ワット・プラ・マハタートには超有名な木の根っこに取り込まれてしまった仏頭がありました。意外に小さいので拍子抜け!?。

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#ワット・プラ・シーサンペットには立派な3基の仏塔。王と王子の遺骨が納められていたそうです。

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#ワット・ロカヤ・スターには高さ5m、全長28mの巨大涅槃像。

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下の写真は足元から眺めたところ。どうやら偏平足のようで・・・。

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#ワット・ナー・プラメーンには高さ5mのゴールドに煌めく仏像が。

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まっ、眩い~。

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トゥクトゥクにも乗りました。そしてゾウにも!。

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夕飯は河畔のタイ料理レストランで。

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テーブルのすぐ横ではサギが睨みをきかせています。

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得体のよくわからない淡水魚は意外に美味。

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そして今晩の主役、川エビは大きさにビックリ。

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食後は遺跡のライトアップを見に行って参りました。

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日中とは異なって幻想的な光景。

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夜になっても暑いけれど、昨今の日本の暑さと大して変わらないかも。

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全く鉄道にも乗らない“ベタ”な観光旅行はとっても久しぶりかも。明日は早くも隣国カンボジアへ移動します。

続きはまた後日~。

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8月28日月曜日。晴れのち曇り。朝は22℃、日中は30℃。朝は爽やかな風にビックリ。急に涼しくなって否が応でも夏の終わりを実感させられます~。

今日のクリニックは朝から混雑。気温の変化が大きくなると体調の悪い方が途端に増えます。診療時間以外はひたすら健診結果の判定作業。あと1ヶ月の辛抱です~。

さて本日は7月の九州行きレポートの最終回を。いつの間にか1か月以上経過してしまいました。前回は7月17日新八代から乗車した「おれんじ食堂」が水俣駅を発車して肥後の国と薩摩の国の境を超えたところまででした。

薩摩に入るとしばらく田園地帯を軽快に走って・・・。

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出水駅に到着しました。ここには肥薩おれんじ鉄道の車両基地が。

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出水は鶴の飛来地としても有名なところ。ホームにも鶴の姿。

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新幹線駅として駅舎は立派。

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でも肥薩おれんじ鉄道が使っている部分は片隅のここだけ。

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駅前にはC56形蒸気機関車が静態保存されていました。

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かつては栗野~水俣間の山野線(昭和63年2月廃止)に吉松機関区のC56形が、川内~薩摩大口間の宮之城線(昭和62年1月廃止)に鹿児島機関区のC56形がそれぞれ運用に就いていましたが、その真ん中に当たる出水はC56形とはあまり縁が無さそう。

下は参考までに古い鉄道路線図。

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出水機関区にはD51形しか配置されておらず、C56形の配置はありませんでした。そもそも92号機は宮崎機関区の配置でした。

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それでも92号機は栄えあるお召列車の牽引機。つべこべ言わずに保存されているだけでも喜ばなければいけません。

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青、赤、黄色を使ったカラーリングはチョッと??ですが、保存状態は悪くありませんでした。

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ちなみに下の写真は私が撮った宮崎駅構内で入れ替え作業中の92号機。近くに来てくれなくてこんな遠い写真しかありませんが・・・(昭和47年11月撮影)。

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さて出水を発車してからいよいよランチタイム。

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地元出水市の農園レストラン「三蔵」さんによる地元食材に拘ったメニュー。

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移り行く車窓を眺めながらの食事は最高。食事が始まってからは列車はゆっくり走行してくれています。

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やがて列車は阿久根駅に到着。

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ここも水戸岡デザインの駅。待合室や・・・。

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レストラン、出札口も木を多用。

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駅舎内に図書館まで!。

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下は駅の外観。元は昭和24年に竣工した木造駅舎。

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改修されて2014年5月に新装開業しました。

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そして駅前にはかつて寝台特急「なは」で使用されていた寝台客車オハネフ25 2209とオハネフ25 206。

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かつては宿泊施設として使われていたようですが、今は財政難で閉鎖になっているようでした。

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私自身は、かつて熊本で学会があった際に飛行機で帰る同僚を尻目にわざわざ京都まで乗って帰った車両です。

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さて阿久根を発車すると、メインディッシュ「いずみ鶏の蒸し焼き」が出て来ました。

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列車は途中の小駅構内のはずれで停車。ちょうど海が見える場所です。

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揺れない車内でゆっくり食事を・・・という心遣い。

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停まっている間に後続の普通列車が追い抜いていきます。

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そしてデザート、食後のコーヒーまで堪能。

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海は南下するに従って更に青くなったような気がします。

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そして最後の停車駅が薩摩高城(さつまたき)。無人駅ですが、やはり地元の方が名産品を準備して出迎えて下さいました。

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希望者は乗務員の方が先頭に立って遊歩道を海岸まで散策。

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しばし夏の海を眺めながら海風に当たっておりましたが・・・う~ん、やっぱり暑い!。

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14時19分に終点川内駅に到着。新八代を10時08分に発車してから実に4時間11分にも及ぶ行程でしたが、飽きの来ない列車旅でした。

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川内からは九州新幹線で博多へ。そして福岡空港から羽田空港へ戻って来ました。

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下はおれんじ食堂の乗車証明書。

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そして現地で消費し切れずに、結局自宅まで持って帰ったお土産品の一部です。

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海の日の連休の九州行きのレポートはやっとこれでおしまい。

次からは今更ながらお盆休みのレポートをお届けします~。

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8月21日月曜日8月22日火曜日はやはり相変わらず曇りベースの天気。朝は23~25℃、日中は30~32℃。週が明けてやっと夏休みモードから脱却して本格始動・・・のはずでしたが、何だかチカラが入らず~。

クリニックはそこそこの混雑でしたが、普段は土曜日にしか来れない会社員の方が現れたり、授業時間帯に学生さんが現れたりで、まだまだ世の中は夏休みが続いている様子。そういえば朝の通勤電車も空いていました。かぜの方は依然として多め。

火曜日の昼は医師会事務局で会計業務。でも他の診療時間外はひたすら健診の判定作業。この過酷な状況は9月一杯まで続きます。

さて今日は7月17日、九州行きのレポートの続きを。あれっ、お盆休みのレポートはどうしたかって?。いろいろと滞っておりまして・・・しばらくお待ち下さいませ~。

前日は熊本泊まり。翌7月17日月曜日は朝の鹿児島本線普通列車で新八代へ向かいました。

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第三セクターの肥薩おれんじ鉄道(旧鹿児島本線の八代~川内)の運行する観光列車「おれんじ食堂」に乗車するためです。「おれんじ食堂」の始発駅は新幹線接続駅の新八代で、八代~新八代間はJR九州に乗り入れて来ます。

新八代駅の上り線ホームに回送列車が到着。

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一旦博多方へ引き上げてから下り線側の側線で待避したのち、下り線ホームに入線して来ました。

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編成は2両。肥薩線同様にこちらも水戸岡鋭治氏のデザイン。

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金、土、日、祝日を中心に朝、昼、夕の3便運行されています。われわれが乗車したのは2便のSPECIAL LUNCH。

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本来の起点駅、八代駅ではくまモンのラッピングの単行普通列車が発車を待っていました。肥薩おれんじ鉄道は19両のディーゼルカーを所有していますが、おれんじ食堂の2両編成以外は基本的に単行。

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この「おれんじ食堂」のコンセプトは、風光明媚な景色を眺めながら沿線の“食”を堪能すること。

旧鹿児島本線は区間によっては意外に海岸線ギリギリを走ります。

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車窓は梅雨が明けて夏本番の光景。向こうは天草。

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こんな静かな海でのんびりしたい・・・と一瞬思いましたが、この暑さではのんびりなど出来るはずはなく、冷房の効いた車内から眺めるのが一番!?。

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各停車駅では地元の方々による「駅マルシェ」が開催され、予め配られたクーポン券と引き換えにその土地の名物のお土産を頂けるという趣向。

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そんな訳でところどころで途中下車しながら、その土地の名物を堪能。

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今は第三セクターとは言っても、元来は鹿児島本線ですから、ローカル駅でもホームは長大。駅施設も立派です。

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さて停車中に車内を探索。

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内装は水戸岡デザインの常としてwoodyな雰囲気。

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運転台の横には小さな展望席。

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2号車の隅にはお菓子ブッフェ。八代市のマドレーヌと芦北町の塩せんべい。

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次駅表示はマニュアル操作。

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お土産のカレーパンと芦北産甘夏入りのサーターアンダギー。津奈木町のジュースが配られました。

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水俣駅は意外にこじんまりしていましたが・・・。

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内装はリニューアルされて瀟洒。やはり水戸岡デザインです。

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水俣を出ると、ほどなく袋駅~米ノ津駅間の小さな川(境川)にかかる小さな石橋(境橋)が見下せる場所で列車は徐行。ここが肥後と薩摩の境界で、薩摩藩主の参勤交代の主要道路であったのにもかかわらず、防衛上長らく橋は架けられていなっかったそうです。この橋が架けられたのは明治16年になってからだそうです。

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ここを過ぎるといよいよ薩摩の国。

でも、チョッと長くなって来たので続きはまた後日に~。

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8月10日木曜日。曇り。朝は26℃、日中は31℃。今日も不安定なスッキリしない天気。

クリニックは本日からお休みを頂いております。ご迷惑をおかけしますが、どうぞお許し下さいませ~。

さて今日は7月「海の日」の連休、九州行きの続きを。7月16日日曜日に「いさぶろう3号」で矢岳駅に14時10分に降り立ち、人吉市SL展示館でD51170にじっくり対面。それでも乗車予定の「しんぺい4号」は15時59分発ですから、まだまだ時間があります。

ホームに出てみると、ホームにかかる木造の庇と柱が良い雰囲気。

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矢岳駅の駅舎も1909年(明治42年)11月の開業以来の木造駅舎です。

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今ではホームに接する線路1本しか残っていませんが、横に広がる広い草地には、かつては何本も側線が敷かれていて貨車が留置されていたに違いありません。

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大畑駅方を望むと構内のはずれで線路が不自然に屈曲。明らかに列車交換施設があった様子。今残っているポイントは貨物ホームに繋がっています。

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旅客ホームの駅名標の後ろに・・・。

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隣接して草で覆われた貨物ホームがありました。

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レールも車止めも健在。

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駅舎のホーム側の駅名標もクラシカル。

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大畑駅と同じ独特の字体です。

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改札口を通って・・・。

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駅舎内に入ると、ガランとした待合室。

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肥薩線の木造駅舎はどこも天井が高いので開放感があります。

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出札口が2つもあって、かつては賑わっていたのでしょう。右は手荷物窓口。

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玄関を出て振り返って眺めてみると・・・。

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何とも言えない佇まいに惚れぼれ。矢岳駅も産業遺産の価値が十分にあります。

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駅舎の正面には数段の石段。そこから集落へ一直線の白い道。

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駅前にはコンビニはおろか商店らしきものもありません。

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右手が集落、左手が駅。東側2kmほどに九州自動車道加久藤トンネルが通っているはずですが・・・。

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道を少し進んで振り返ると、もう駅は緑の中に隠れて見えず。

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炎天下はとっても暑くて、すぐに駅へ逃げ帰りました。

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それでも矢岳駅の標高は536.9m。待合室を抜ける風は爽やかでした。

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日常とは違う時間の流れの中でしばしまったり~。

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やがて15時53分に吉松駅方面から「しんぺい4号」熊本行きがやって来ました。21世紀からの使者!?。チョッとホッとしました。

6分停車のうちに乗客は周辺を見たり写真を撮ったりしていましたが、ここで下車する人は無し。そしてここから乗車したのはやはりわれわれ2人のみでした。15時59分の定刻に発車。

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車内はガラガラ。乗務員の方の話では人吉駅から先の指定席が埋まっているそうで・・・。

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3時間半ほど前に降り立った大畑駅に停車後は球磨川を渡って人吉駅に16時35分着。

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ここで8分停車。ここからは満席になりました。

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駅構内の八代駅寄りには最近整備された煉瓦造りの古い機関庫が。人吉駅16時43分発。

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肥薩線はここから先の八代までの区間は急流下りで有名な球磨川沿いを走ります。吉松駅~人吉駅間を通称“山線”と呼ぶのに対し人吉駅~八代駅間は通称“川線”。

この区間も途中下車したくなる駅がたくさんありますが、キリがありません。下の写真は一勝地駅。

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様々な表情を見せる夕暮れ時の球磨川を眺めながら・・・。

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八代駅には17時46分着。今や第三セクターの肥薩おれんじ鉄道となった旧鹿児島本線を経由して来たと思われる貨物列車が停車していました。牽引機はED76形交流電気機関車1022号機。

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八代駅から熊本駅までは鹿児島本線。重幹線を滑るように高速運転。線路規格の格の違いがまざまざと感じられます。18時18分に高架化工事真っ只中の熊本駅に無事到着しました。

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熊本駅近くのホテルにチェックインして、今宵も熊本の地のものを頂きました。

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まあ、こういう時だけですからご容赦下さいませ~。

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翌日も乗り詰め(!?)の予定なので早々に就寝。

まだレポートが続きますが、また後日に~。

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8月3日木曜日。曇り。朝は21℃、日中は29℃。火曜日の夜から気温が低め。かぜの方が増えなければ良いのですが。

さて今日は海の日の連休の九州行きの続きを。7月16日日曜日に鹿児島中央駅から「はやとの風2号」に乗り、吉松駅で「しんぺい2号」に乗り継いで矢岳越え。大畑駅で下車して2時間弱まったりと過ごしてから、大畑駅13時44分発の「いさぶろう3号」で一度通過した矢岳駅に14時10分に戻って来ました。5分停車のうちに乗客たちは周辺を見たり記念写真を撮ったり忙しそう。

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でもわれわれは至ってのんびり。なぜならここで途中下車するから。案の定、ここで降りたのはわれわれ2人のみでした。乗って来た「いさぶろう3号」が行ってしまうと、全く人の気配は無く、聴こえるのは蝉の声のみ。

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なぜここで降りたかといえば、ここに「人吉市SL展示館」があるから。

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ここにはかつて矢岳越えに使用されていた重装備のD51170が保存されているのです。

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ペンキが剥がれて表面的には荒れていますが、錆は殆ど見当たらず、状態はとっても良さそう。

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一時出ていた復活話もあながち不可能では無さそうに見えます。煙突には大きな空気作動式の集煙装置。敦賀機関区の設計図をもとに鹿児島工場で製作されたとか。

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ドーム後方には680リットル重油タンク。砂撒き管元栓にはヒサシ。

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さらに助手席側には200リットル補助重油タンク。

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キャブには南九州の特徴だった砲金製の区名札。

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「人」は人吉機関区所属を意味しています。プレート類への緑の色入れは保存後でしょうか。

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足回りも綺麗。

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直径1400mmの動輪4軸の力強い足回り。

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よく手入れされているようで現役然とした感じです。

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右のリターンクランクにはD5123の刻印。2両しかなかったあのスーパーナメクジの1両です!。

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1972年(昭和47年)6月に人吉機関区で廃車。以後、ここで大切に保管されて来ました。

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私が中学1年生で初めて九州入りする約半年前に矢岳越えは無煙化されてしまったため、この機関車に巡り合うことは出来ませんでしたが、今回長年の憧れの機関車にゆっくり対峙出来て幸せなひと時を過ごすことが出来ました。

下は同行の友人が撮ってくれた憧れの君とのツーショット。

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最近“鉄”の話題ばかりで済みません~。

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7月28日金曜日7月29日土曜日は曇り一時雨。朝は24~25℃、日中は31℃。この1週間はスッキリしない梅雨のような天気が続きました。

クリニックは金曜日も土曜日もほどほどの混雑。かぜの方が少なくなり予約外の方が減ったので、待ち時間は一時のように酷いことにはならなかったはず。ただ予約自体はパンパンで、特定健診・長寿健診は既に9月まで満杯に。トホホ~。

さて今日は海の日の連休の九州行きのレポートの続きを。7月16日日曜日、鹿児島中央駅から「はやとの風2号」に乗って吉松駅に11時11分着。駅周辺を散策してからいよいよ矢岳越えへ。

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ここからは11時49分発の「しんぺい2号」人吉行きに乗り継いで大畑へ向かいます。現在、吉松~人吉間の列車は5往復のみ。そのうち日中の2往復が特急「いさぶろう」と「しんぺい」です。下りの吉松行きが「いさぶろう」、上りの人吉・熊本行きが「しんぺい」。

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愛称の由来は「いさぶろう」が人吉~吉松間が建設された当時の逓信大臣山縣伊三郎、「しんぺい」は同じく鉄道院総裁の後藤新平。

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車両は「はやとの風」と同じく種車は国鉄時代の一般型気動車キハ40系。こちらも水戸岡鋭治氏のデザインです。

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発車間際に肥薩線の普通列車が到着。

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キハ40系の“特急”と“普通列車”が並びました。生い立ちは一緒なので“顔”は当然のことながら瓜二つ。

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明治42年当時の鹿児島本線最後の開通区間であった人吉~吉松間の矢岳越えは、開通当初から名だたる急勾配区間として有名。スイッチバックとループ線を駆使して峠を越えて行きます。下は吉松駅構内の資料展示館の図。

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「しんぺい2号」の車内は「はやとの風」から乗り継いだ方に吉都線から乗り継いだ方が加わって満席でした。定刻に発車。左へ上がって行く線路が人吉方面。

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吉松駅発車直後から結構な勾配区間が始まり、キハ40系はゆっくりだけど確実に高度を稼いで行きます。

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次第に山深くなって鹿児島県と宮崎県の県境を越えると、車窓右手に「復員軍人殉難碑」がチラッと見えました。ここで昭和20年8月22日に多くの復員兵を乗せた列車が勾配を登り切れずにトンネル内で立往生。蒸気機関車の煙が車内に充満したため多くの乗客が列車から降りて避難しているところに列車が逆走。56人が亡くなりました。折角生きて本土に辿り着いたのに・・・。

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現代車両は立往生の懸念も無く真幸(まさき)駅に無事到着。吉松の標高が213m、真幸の標高が380mですので、167m上がって来ました。ここで5分停車。

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駅舎内やホームでは地元の方が特産品や飲料・食料などを販売。

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駅舎は明治44年開設当時のままで、やはり良い雰囲気です。真幸駅は宮崎県で初めて出来た駅、また肥薩線で唯一宮崎県の駅ですが、近年の乗降客数は1~2名/日だそうで・・・。

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真幸駅はスイッチバック駅。逆向きに発車して引き上げ線に入って停車。車内を運転士さんが前後に移動して再度逆向きに上がって行きます。下に先ほどに通った線路が見えて・・・。

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ホームを下に見ながら登って行きます。

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ホーム上では地元の方々が手を振ってお見送り。

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延々と勾配を登りつつトンネルをいくつか抜け、矢岳第二トンネルと矢岳第一トンネルの間で列車は一時停車。

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ここは「日本一の車窓」として有名なビューポイント。

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「日本三大車窓」の一つにも数えられています(ちなみに他の二つは根室本線狩勝峠越えと篠ノ井線姨捨越え)。

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右手の遠くには桜島も見えました!。

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やがて列車は肥薩線で最長(2096m)の矢岳第一トンネルに。

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坑口上部には「引重致遠」(いんじゅうちえん)の文字。当時の鉄道院総裁後藤新平の揮毫。ちなみに反対の熊本側には当時の逓信大臣山縣伊三郎による「天險若夷」(てんけんじゃくい)の文字が掲げられていて、続けて読むことにより「天下の難所を平地のようにしたおかげで重いものを遠くへ運べる」という意味になるのだそうです。

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このトンネルを抜けるとサミットを越えて熊本県に入りました。ほどなく標高536.9mの矢岳(やたけ)駅に到着。ここでも5分停車。ここにはSL展示館がありますが、私的には5分では見切れないので、あとで戻って来るスケジュール。

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矢岳駅を発車すると、あとはひたすら下り坂。半径300mのループ線に差し掛かります。

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途中、大畑(おこば)駅が見下ろせるポイントで停車。

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さらに人吉方面が見えるポイントでも停車。

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大畑駅には12時49分に到着。ここでも5分停車です。やはり駅構内では地元の方による特産品等の販売が。

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さて、われわれはここで下車。「しんぺい2号」が12時54分に発車して行くのを見送ってから、静まり返った駅周辺でのんびり~。

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駅舎内にはありとあらゆるところに訪問者の名刺が貼られていました。

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ここも明治42年の開業以来の駅舎。待合室の真ん中に七夕飾り。

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標高は294.1mしかありませんが、待合室を吹き抜ける風は意外に涼やか。

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ただ日向の暑さはただものではありません。さすがに南九州ですからね~。

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駅周辺に人家は無し。

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駅構内には蒸気機関車時代の給水塔の一部が残っていました。

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今となっては貴重な産業遺産かも。

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右がループ線へ上がる矢岳方面、左が人吉方面。

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しばらく蝉の声以外は聴こえない静寂の世界にしばし浸っておりました。

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やがて列車の音が近付いて来て・・・。

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先ほどの「しんぺい2号」が人吉で折り返して「いさぶろう3号」として戻って来ました。車内はやはりほぼ満席。

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13時44分発の「いさぶろう3号」で先ほど通過して来た矢岳へ戻りますが、ちょっと長くなって来たので、続きはまた後日に~。

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7月27日木曜日。曇り。朝は23℃、日中は28℃。昨日から急に涼しくなりました。暑すぎるのも困りものですが、真夏に涼しいのもチョッと淋しい感じ。わがままなものです。

今日は休診日でしたが、私用で朝から出ずっぱりでした。夕方、江ノ島線の上り線から大野工場を覗いて見たら、遠くに10000形ロマンスカーHiSEの先頭車1両だけがポツンと留置されているのが見えました。長年せっかく3両で保存されていたのに相方2両が解体されてしまってさぞや寂しい思いをしているのでは・・・。

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さて今日は先週の連休、九州行きのレポートの続きを。7月16日日曜日は鹿児島中央駅から「はやとの風2号」に乗って11時11分に吉松駅に到着。少々乗り継ぎ時間があるので、改札を出て駅周辺を散策してみました。

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吉松駅はかつては鹿児島本線と日豊本線の接続駅。熊本、宮崎、鹿児島の各方面からの線路が集まる交通の要衝として繁栄していました。

駅構内には「大正二年十月八日吉都線全線開業百周年記念碑」と「明治三十六年九月五日吉松駅開業百周年記念碑」。

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その左隣には8620型蒸気機関車の動輪。刻印を探すと48674の文字がありました。長らく鹿児島機関区で入換に従事して昭和47年3月に廃車になったカマです。

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そして左端に草に埋もれかかった「肥薩鐡道開通記念碑」。これは明治42年11月21日に人吉~吉松間が開通したことによって、鹿児島から福岡、門司、さらに関門連絡船を介して大阪、東京まで繋がったことを記念したもの。

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鹿児島本線は昭和2年に八代から海岸沿いの新線が開通し、さらに日豊本線も昭和7年に霧島越えルートが開通したことにより、以後は肥薩線と吉都線の単なる二つのローカル線の接続駅となりました。

駅構内北側には小さな鉄道資料館。看板にはかつての蒸気機関車の写真が掲げられていました。

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そして隣接してC55形蒸気機関車52号!!。

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C55形は昭和10年から12年にかけて62両製造された旅客用蒸気機関車。数ある国鉄蒸気機関車の中でも、私が最も好きな形式です!。

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この52号機は戦前から九州にいて、鳥栖、大分、宮崎、若松を経て昭和47年3月に吉松へ。本機の除煙板(デフレクター)は昭和28年7月に小倉工場で試験的に改造された唯一無二の独特の形状。

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そして直径1750mmの水かきの付いたスポーク動輪。

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手入れが行き届いて現役然とした足回りに感激。

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区名札も南九州の特徴だった砲金製のものがそのまま取り付けられていました。

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キャブに上がってみると、各種メーター類も良く残っていました。

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焚口戸も動きそう。

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炭水車(テンダー)は大分時代にロングラン用にD5112のものと振り替えられています。しまった!。刻印を確認して来るのを忘れました。

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復元して走らせたら、大いに観光客の呼び水になりそうですが・・・。

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さて先を急がねばなりません。下の写真は吉松駅の跨線橋から北方向を望んだところ。先で右へ岐れて行くのが吉都線、左に岐れて行くのが肥薩線八代方面。

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長くなって来たので、続きはまた後日に~。

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7月18日火曜日。曇り一時激しい雷雨。朝は26℃、日中は32℃。天候は不安定で各地で突風や雷雨、大きな雹(ひょう)が降ったところも。神奈川県下でも広範囲で停電。

連休明けのクリニックは、大混戦を覚悟して診療に望みましたが意外に平穏。特に午後からは悪天候のため一時は待合室はガランとしていました。昼は会計業務のため医師会事務局へ出かけていましたが、帰りにしっかり雷雨に捕まりました~。

7月19日水曜日。晴れ。朝は24℃、日中は30℃。昨日とは打って変わって天気は安定。風は爽やかでした。本日関東甲信から中国、四国地方にかけて一気に梅雨明け。

クリニックは昨日の反動か、はたまた周辺のクリニックが休診のためか、予約外の方が多くて終日混雑気味でした。診療終了後は健診の結果判定作業。

さて今日は先週末の鹿児島行きのご報告を。7月16日日曜日の鹿児島地方は晴れ。朝は25℃、日中は34℃。まずは逆光の桜島に挨拶。

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混雑した鹿児島中央駅のコンコースを抜けて在来線ホームに降りると・・・。

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そこには懐かしき国鉄形415系交直流両用近郊形電車の姿。まだ健在でしたか~。

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でも主流はブラックフェイスの817系。

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こちらとて運用開始は2001年10月ですから、決して新車ではありません。

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さて今回鹿児島まで来た第一の目的は肥薩線の完乗。肥薩線は鹿児島県霧島市の隼人駅から吉松、人吉を経由して熊本県八代市の八代駅に至る124.2kmの非電化路線。開業は古くて1903年1月。海側を通る路線が開通するまで、こちらが鹿児島本線でした。

(下の地図はJTB時刻表2017年6月号より)

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学生時代に来た時は都城から吉都線で吉松に入ったため、隼人~吉松間を乗り残しておりました。

今回まず乗車するのは9時26分発の「はやとの風2号」。鹿児島中央駅と肥薩線吉松駅を結ぶ観光特急です。2両編成。

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漆黒のボディのデザインはクルーズトレインの“ななつ星”を手掛けた水戸岡鋭治氏ですが、種車は国鉄時代の一般型気動車キハ40系です。車内はレトロな木目調。

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乗客の中には外国人観光客の姿も。いわゆる“鉄”の姿は見かけませんでした。

ほぼ満席で定刻に発車。う~ん、加速も振動も騒音もレトロ!?。お世辞にも“特急”の乗り心地ではありません。鹿児島駅を過ぎると大きな桜島の姿を眺めつつ錦江湾に沿って快走。

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桜島がだんだんと遠ざかって小さくなり、10時6分に隼人着。

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予め予約をしておくとここで積み込まれた「百年の旅物語かれい川」弁当が食べられたのですが、しっ、知らなかった~。

隼人から肥薩線に入ると意外に山深くて険しい地形を国鉄型キハ40系は“国鉄速度”で走ります。

今や超有名駅となった嘉例川駅に10時22分着。ここで8分停車します。

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その間に駅舎内で地元の方々が販売している特産品を購入したり駅舎を見学したり。特急が停車する無人駅は珍しい!?。軒下には七夕飾り。

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駅舎は1903年(明治36年)の開通当時からの木造駅舎で登録有形文化財。なかなか良い味を出しています。

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JTB時刻表2017年6月号の表紙も飾りました。

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今や有名観光地の仲間入り~。

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10時30分に嘉例川駅を発車。次の霧島温泉駅で5分停車ののち、大隅横川駅に10時48分着。ここでは6分停車。

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軒下にはほうずきが飾られていました。

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ここの駅舎も嘉例川駅と並んで開業当初からの木造建築。やはり登録有形文化財に登録されています。

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柱には第二次世界大戦時に機銃掃射で撃ち抜かれた弾痕が。

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10時54分に発車。かつて山野線(栗野~水俣間、1988年2月廃止)との分岐駅であった栗野駅に停車後、終点の吉松駅に11時11分に到着。

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かつては鉄道の要衝であった吉松駅構内は広いけれどガランとしていました。

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長くなって来たので続きはまた後日に~。

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7月15日土曜日。晴れ。朝は24℃、日中は32℃。三連休の初日は好天に恵まれて暑さの厳しい1日になりました。

クリニックは、三連休とは言っても普段の土曜日と全く変わらぬ雰囲気。相変わらずかぜ症状の方は多め。特定健診・長寿健診の予約は目一杯。さらにこの季節は会社の健診で引っ掛かって受診される方も多めです。

診療終了後は急いで横浜、京急蒲田経由で羽田空港へ。三連休とあって流石に空港は混雑していました。羽田空港で友人と合流。

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今日は16時40分ANA627便で鹿児島へ。私にとってボーイング787初乗りの予定でしたが、不運にも767へ機種変更になっていました。とほほ~。離陸直後に眼下に江の島が。

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さらにしばらく飛ぶと雲の中から夏姿の富士山。

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定刻よりやや遅れて18時半に鹿児島空港着。市内に入って城山へ上がると、何とか明るいうちに桜島を拝むことが出来ました。噴煙は全く無し。

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眼下の神社ではお祭り。大層な人出のようで・・・。

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夕食には地のモノを堪能させて頂きました。

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また電車に乗りに来たのかって?・・・ううっ、ドキッ!?。

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さて今日は先週19日日曜日の続きを。前日18日土曜日の夜に富山入り。翌朝ホテルの窓から見た新しい富山駅。画面右下に見えるのが昨夜環状線を一周乗ってみた路面電車の軌道です。

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反対方向に目を向けると東側へ延びる新幹線の高架線。

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さて、今回なぜ富山に泊まったかというと、金沢で開催されている第81回日本循環器学会学術集会に参加するため。

日本循環器学会は会員数約2万6000人の日本でも有数の学会。例年はコンベンション施設の整った仙台、横浜、京都、大阪、福岡などの大都市圏で開催されていましたが、今回は2年前の新幹線開業も相俟ってか規模の大きくない中核市(人口規模で言えば34位)の金沢市で開催されることに。春の連休に人気観光地でこの規模の学会が開催されれば宿泊施設が不足するのは明らかで、主催者側では早くから周辺の加賀温泉や福井、小松、白山、高岡、富山、魚津などの近隣都市に分散しての宿泊を呼び掛けていました。そんな訳で学生時代に黒部を訪れる際に泊まって以来縁の無かった富山に泊まってみることにしたのでした。

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富山からは学会専用の無料シャトルバスが運行されていましたが、会場までの所要時間は1時間15分。新幹線なら所要時間はたったの22分ですし、やはり“鉄”としてはここは新幹線を使わねばなりません。富山7時51分発の「つるぎ707号」で金沢8時13分着。日曜日の早朝のこととて、乗客の8割以上が同業者とお見受けしました。

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下の写真は金沢駅東口側の“おもてなしドーム”

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そして金沢の新名所になった感のある“鼓門”。

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おもてなしドームの天井には学会の垂れ幕も。

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会場は金沢駅周辺のホテルや商業施設、石川県立音楽堂など、10か所に分散。

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おもてなしドームの地下イベント広場全体が学会の受付になっていました。まずはここで受付と専門医の単位登録。

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循環器専門医資格更新は5年ごと。学会に参加して研修を受けることが義務付けられています。

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タイムテーブルを見ながらあちこちの会場を巡りながら聴講。駅周辺はスーツ姿の同業者で大混雑でした。

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石川県立音楽堂の立派なコンサートホールがメイン会場。初日には高松宮妃を迎えて開会式があったそうです。

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3日間の学会期間に多くの特別講演やシンポジウム、教育セッション。それに一般演題が2479題!。

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会場の中でも今回特筆すべきは金沢フォーラスの会場。ここは本来イオンシネマのシネコン。シネコンが会場になるのは前代未聞!?。

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連休なのに9スクリーンのうちの7スクリーンを占拠するなんて一般の方々に申し訳ない感じ。でも静粛性と音響、さらにシートの座り心地は抜群!?。

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朝から夕方まで頑張って勉強して参りましたが、流石に疲れました。

夜は隣接する白山市内で4人で会食。美味しいものを頂きました。えへへ~。

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当日の地元の北國新聞には見開きの広告記事。金沢繁華街「ドクター特需」なんて見出し記事も。

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最終的に参加人数は約1万3000人、海外からも400人を超える参加があったそうです。その経済効果たるや計り知れないものが!?。

来年は大阪です~。

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3連休明けの3月21日火曜日は雨になってしまいました。気温も終日ひとケタ止まり。天候に恵まれた休み明けが雨では労働意欲が削がれます。

クリニックは連休明けで大混雑になるのではないかと覚悟していましたが、この悪天候に阻まれて意外に平穏でした。昼は医師会に出向いて会計業務。

3月22日水曜日は昨日から一転して青空が広がりました。朝は5℃、日中は14℃。

昨日の悪天候で出足をくじかれていた患者さんが一気に来院されたのか、クリニックは久しぶりに結構な混雑に。インフルエンザはまだまだしぶとく生き残っています。昼は当医療ビル6件7科のミーティング。

さて今日は先週末の続きを。3月18日土曜日は診療終了後に富山へ。

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富山駅の新幹線改札口を出たら正面に路面電車のりばがありました。

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新幹線改札口と路面電車のりばが直結しているのは全国でもここだけかも!?。この路面電車の正式名称は富山地方鉄道株式会社富山軌道線。

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運行は南富山駅前~富山駅、南富山駅前~大学前、それに環状線の3系統です。

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見ているとやって来る車両は新旧様々。

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結構な頻度で年代物の車両も登場します。

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折角なので環状線をぐるっと乗ってみることに。

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1周28分で200円均一でした。

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乗り合わせたのは比較的新しい車両で乗り心地はなかなか。でも土曜日の夜のせいか乗客は疎らでした。

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さて環状線一周後は、富山駅に隣接する富山地方鉄道株式会社鉄道線の電鉄富山駅を覗いて見ることに。2011年公開の映画「RAILWAYS愛を伝えられない大人たちへ」の舞台になった鉄道です。

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こちらは宇奈月温泉までの本線、立山までの立山線、それに不二越・上滝線の3路線。

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改札口から中を覗くと2本の10030形電車が停まっていました。車内にテレビを設置したテレビカーとしてその名を馳せた元京阪電鉄特急用車両3000形です。

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う~ん、これに乗ってしまうと帰って来れない・・・。

諦めて今度は地下道を通って富山駅の北口側へ。北口からは平成18年4月29日に開業した富山ライトレール株式会社によるポートラムが富山駅北~岩瀬浜間を結んでいます。

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元を辿れば国鉄富山港線。終点までは24分ですが、やはり往復する時間は・・・。

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次に富山駅北口から入場券を買って構内へ。新幹線開業によって切り離されたJR西日本の旧北陸本線は今では“あいの風とやま鉄道”(倶利伽羅駅~市振間)という第三セクター鉄道となっています。

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現在富山駅は富山駅付近連続立体交差事業の一環で工事の真っ最中。旧来からの地上ホームに降りてみたら停車していたのは“あいの風とやま鉄道”と同時に第三鉄道化された“IRいしかわ鉄道”(倶利伽羅~金沢間)からの乗り入れ車両でした。JR西日本からの譲渡車両で元JR西日本521系電車です。

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やがて隣のホームにJR高山線からのキハ120形気動車2両編成が入線して来ました。

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キハ120形気動車は1991年から1995年にかけて製造されたローカル線用の小型気動車。

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新幹線開業前までは優等列車が頻繁に発着していたであろうに、今では高山線の特急“ワイドビューひだ”を除けばローカル列車ばかりになってしまいました。

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今度は先に立体化された真新しい1~3番線に上がってみました。3番線には先ほどの“IRいしかわ鉄道”からの乗り入れ車両による金沢行きが入線。

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新しいホームに新しい車両。これからさらに整備が進む予定だそうですが、富山駅付近連続立体交差事業の完成は2022年予定。まだまだ先の話です。

さて到着後バタバタしていて夕食がまだでした。夜9時半まで開いていた駅構内にある「白えび亭」で富山名物の“白えび刺身丼”を頂きました。

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白えびの刺身はなかなか美味でした。カウンター席に座って名物を食している周囲のオジサンたちはどうやら同業の方々のようで・・・。

駅周辺でうろうろしていたら遅くなってしまいました。明日の学会に備えてサッサと寝ることにします~。

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3月17日金曜日18日土曜日はともに晴れ。朝は3~4℃、日中は13℃くらいまで上がって、この時期らしい陽気になりました。おかげで朝から花粉がたっぷり飛散。トホホ~。

クリニックは、時折流行に乗り遅れたインフルエンザの患者さんがいらっしゃいますが、概して平穏な日々が続いていました。

18日土曜日は診療終了後に東京駅へ。東京駅は春休み中の3連休とあって、めまいがするほどの混雑ぶりでした。新幹線ホームへ上がると、廃車が進む2階建てのE4系Maxの姿。

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東北新幹線筋からは撤退して久しいですが、上越新幹線筋ではまだ活躍中。

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隣にはE6系“こまち”の流麗な姿が。

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で、今回乗るのはまたまたE7系(W7系)の“かがやき”です。

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今回は昨日から金沢で開催されている第81回日本循環器学会学術集会に参加するため、富山に向かいます。なぜ金沢で開催されているのに富山に行くのかって?。それは金沢のホテルが満室だったから。学会規模が大き過ぎて金沢市内のホテルだけでは収容しきれず、福井や富山などの近隣都市にも分散して宿泊することに。東京から富山まではたったの130分。

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富山では結構多くの方が下車していました。同業者風の方々も多数。

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富山駅は新幹線が開通して近代的な姿に生まれ変わりましたが、在来線側はまだ工事の真っ最中。

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地方都市の常として、夜は早くて既に深夜の様相でした。

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とりあえず駅前のビジネスホテルにチェックインして周辺を散策することにします。続きはまた後日に~。

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さて今日は先週5日日曜日の北海道行きの続きを。釧路から「快速しれとこ」に乗って昼前に網走に到着。午後の流氷観光砕氷船「おーろら号」に乗るつもりでしたが、流氷は沿岸から遠ざかっていて船に乗っても流氷は見られそうもありません。そこで急遽予定を変更して知床方面へ向かうことに。

釧網本線に沿って知床斜里方面へ戻ります。途中で昨年の10月にも立ち寄った北浜駅の展望台に上ってみましたが、波打ち際に氷塊が僅かに残るのみ。

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下の写真は展望台の上から網走方面を眺めたところ。

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さらに逆方向の知床斜里方面を眺めても海上には氷片すら見当たらず。紺碧のオホーツク海が広がるのみでした。

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遠くに知床半島の山々の姿がくっきり。

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原生花園を過ぎて止別駅に立ち寄ってみると、ここも木造駅舎でした。ここでは駅舎内にラーメン屋さんが併設されていました。

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ここは海岸からは距離があってホームから海は見えず。

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さらに知床斜里駅を過ぎて知床半島の付け根を宇登呂方面へしばらく行ったところで、遠くの岸辺に残る流氷を発見!。

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本体から離れて吹き溜まりに残ってしまった流氷のようで、沖合には見えません。

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それでも迫力は十分!?。

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下の写真は同行の友人が撮ってくれたもの。日差しがあったので、見た感じほど寒くはありません(もちろん寒くない訳ではありません)。

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下の写真は、更に宇登呂近くの入り江の様子。

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やはり友人が撮ってくれた私の後ろ姿です。

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でも岬の突端を回り込むともう流氷の姿は無し。ほんの僅かの地形の違いと風向きで海の様子が一変。今回流氷の姿を拝めただけでもラッキーだったかもしれません。

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さてそろそろ時間切れ。背後の山の斜面にいたエゾシカに別れを告げて・・・。

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女満別空港へ急ぎます。空港で早めの夕食を済ませてから18時30分発のANA/ADO共同運航便に搭乗。機材はボーイング737-800でした。

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羽田空港には定刻の20時25分よりやや早めに到着。

関東地方もそれなりに気温は低めだったのに、とっても暖かく感じられました~。

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さて今日は先週末の北海道行きのレポートの続きを。

3月5日日曜日は釧路地方は快晴でした。やっぱり“日頃の行い”が良いですからね~(!?)。朝の気温は-5℃で、この季節にしては暖かいほう。

下の写真はホテルの窓から見た釧路の海沿いの光景。

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釧路川が海にそそぐ辺りです。雪は少ないけれど寒そう~。

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旅先ではいつも早朝覚醒。早々に朝食を済ませてホテルをチェックアウト。8時には釧路駅に着いてしまいました。

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改札を入ると1番線には8時23分発のスーパーおおぞら4号札幌行きが入線していました。

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札幌には12時26分着の予定。

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1番線ホームには嬉しいことに駅弁の売店があって、ホームでの立ち売りの方の姿も見られました。ただし売れ行きは・・・。

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4番線には8時18分発の根室行き普通列車。根室には10時48分到着予定。

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キハ54形500番台の1両編成でしたが、そこそこの乗車率。

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キハ54形500番台は国鉄末期の1986年に29両製造された酷寒地仕様の気動車です。朝日にステンレスの車体が輝いていました。

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隣の2番線、3番線ホームには古い上屋。かつては長大編成の列車が発着した長いホームは、今や無用の長物かも!?。

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その長い2番線にたった1両の池田からの普通列車が到着しました。

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こちらはキハ40形。やはり昭和50年代に製造された国鉄車両です。

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さて今回の旅の目的は釧網本線に乗ること。そしてオホーツク海の流氷を見ることです。まずは「快速しれとこ」8時57分発網走行きに乗車します。実はこの列車を逃すと次は14時14分発の普通列車まで列車が有りません。網走まで行って今日中に無理なく帰るには、実質この列車に乗る以外の選択肢は有りません。

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発車時刻の約10分前に列車が入線して来ました。やっぱりキハ54形500番台の単行。“単行”でも“列車”というのはこれ如何に・・・。

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ビックリしたのは、乗客の殆どが観光客であること、そしてその半数以上が外国人であること!。

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とても“地域の足”になっているとは言い難い状況が今のローカル線の現実。

特急並み(?)のヘッドマーク付きですが・・・。

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快速列車ですので網走まで普通運賃3670円のみ。

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「快速しれとこ」は定刻の8時57分に釧路駅を発車。しばらく釧路の市街地を走っていましたが、遠矢を過ぎると釧路湿原の真っ只中へ。

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塘路駅で対向列車と交換。ここでは外国人観光客を含めて数人が下車。塘路ネイチャーセンターでは冬でも釧路湿原カヌー下りやワカサギ釣り、エコツアーなどがとり行われている様なので、そちらに参加する人達でしょうか。

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強力パワーのキハ54の足回りは強靭で、軽快に飛ばします。

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時折制動がかかるのは、エゾシカが行路を妨害するから。

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沿線風景は雪のために、湿原なのか、牧草地なのか、はたまた荒地なのか全く区別がつきません。

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茅沼駅はタンチョウヅルが来ることで有名ですが、残念ながら本日はツルの姿は無し。

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かつての標津線(1989年4月30日廃止)との分岐駅であった標茶駅で若干の乗降。その後は摩周駅(旧称は弟子屈駅)でも若干乗客が入れ替わりましたが、依然として列車内は観光客ばかり。

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隣の美留和駅の駅舎は貨物列車の車掌車でした。

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知床斜里で地元の高校生が乗り込んで来て、やっと地域のローカル列車らしくなりました。知床斜里を発車すると、待望のオホーツク海が見えて来ましたが・・・。

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期待していた流氷は影も形も無し~。青い海に僅かに氷片が浮かぶのみでした。

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そして“オホーツク海に一番近い駅”として有名な北浜駅に差し掛かると、警笛を鳴らしながら最徐行で入線。ク〇ブツーリ〇ムのバッジを着けた団体さんが観光バスから乗り換えて来たのでした。きっと列車内から流氷を見る企画だったのでしょう。

満席の1両編成の列車にさらに観光バスの団体さんが乗り込むのには少々無理が・・・。終点網走までの4駅間は都会の通勤電車並みの大混雑になりました~。

終点網走駅は11時53分着。

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北浜から乗車して来た団体ツアーの方々はまた観光バスに吸い込まれて行きました。

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流氷があれば“流氷観光砕氷船おーろら”に乗るつもりでしたが・・・。

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流氷が無ければただの遊覧船。試案のしどころですが、長くなって来たので続きはまた後日に~。

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3月4日土曜日。曇りのち晴れ。朝は1℃、日中は14℃。日中は気温が高くなって花粉がたっぷり飛んだようです。

クリニックは朝から混雑。インフルエンザの方は僅かですが、かぜ症状の方は多め。花粉の方も大勢。

診療終了後は羽田空港へ。途中大和駅で3月1日にデビューしたばかりのロマンスカーEXEαに遭遇しました。

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新造ではなくリニューアルですが、塗装が大きく変わったので注目度は高い様子。スマホで写真を撮っている人が大勢いました。

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羽田空港で友人と合流。今回の目的地は北の大地、釧路です。

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17時55分JAL545便釧路行きに搭乗。ターミナルビルから飛行機まではボーディング・ブリッジではなくてバスで移動。久しぶりに間近に機体を見ることが出来ましたが、やっぱり不便。機体はボーイング737-800でした。

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離陸直後に日没。

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釧路空港には定刻の19時30分よりやや早めに到着。

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釧路空港は-1.5℃でした。この季節のこの時間にしては高めかも!?。

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今夜は釧路市内に投宿。明朝はいつものように(!?)列車に乗る予定です~。

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1月6日金曜日1月7日土曜日はスッキリした冬晴れになりましたが、朝は0~1℃、日中は7~10℃とこの時期らしい寒さになりました。

年明けのクリニックは、案の定それなりに混雑したものの、それでも例年よりは平穏なスタートでした。インフルエンザの方は更に増えて来ましたが、ピークはもうしばらく先になりそうです。長引く咳の方は多くて、肺炎の方もチラホラ。土曜日の診療終了後は、新年早々にも拘わらず都内で開催された感染症関連の講演会に参加させて頂きました。

さて今日は先日の金沢行きの続きを。三が日を金沢で過ごして1月4日の帰宅前に主計町(かずえまち)茶屋街あたりを歩いて来ました。ここは浅野川沿いの昔ながらの料亭や茶屋が立ち並ぶエリア。浅野川大橋を挟んで対角にある有名な東山ひがし茶屋街に比べるととっても静か。小雨交じりの天気で、かつ朝10時前とあって人影疎らでした。

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その中の1件町家カフェ「土家」で小休止。建物は大正2年に建てられた茶屋を修復した市指定伝統建築物。

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オープン直後でしたので先客の姿は無し。店主の方が2階へ案内して下さいましたが、そこは2間続きの喫茶スペースになっていました。浅野川側の部屋の床の間はこの地方独特のベンガラ色!。

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外がモノトーンの季節が長いので取り入れられた色調とか。

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眼下には浅野川が見えます。例年なら雪景色なんでしょうが。

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ちなみに反対側の部屋の床の間は萌黄色でした。

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どちらも捨て難い色調。

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オーダーする前に店主の方が加賀棒茶と羊羹を供して下さいました。メニューを拝見すると飲み物のほとんどが500~600円。コーヒーを頂きましたが、お茶とお菓子が付いてこの値段とは申し訳ないくらいです。

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小休止後はさらに尾張町方面へ。金沢は戦災にも震災にも遭っていないので、旧い建物がたくさん残存。

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新旧混在した街ですが、左下の旧い建物の裏手の城塞のような建物はイタリアンレストランの「エバンス」というお店でした。

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ちょうど昼時でしたので、ここでランチにすることに。店内はおせちに飽きた(?)方々で賑わっていました。

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想像以上に本格的なイタリアンでした。ランチ後はさらに周辺を散策。

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観光地でも観光シーズンでも無いためか観光客の姿は無し。周辺はヒッソリしていました。

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チョッとタイムスリップした気分に浸ることができました。

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帰りの新幹線の時間が近付いて来たので早々に金沢駅へ。

金沢駅は帰省客と国内外の観光客で信じられないほどの混雑ぶりでした。帰りの北陸新幹線はもちろん満席。

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帰りは速達型の「かがやき542号」。2時間40分で東京に到着しました。東京駅もいつもながら迫力の混雑ぶりでした。

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仕事をしていると長いのに、遊んでいるとアッと言う間~。

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改めて皆様あけましておめでとうございます。今年は天候に恵まれて穏やかなお正月になりました。

私はと言えば、例年通り大晦日を実家で過ごし、元旦の昼過ぎの北陸新幹線で金沢へ行って参りました。

北陸新幹線は平成27年3月14に開業してから2度目の正月。車両は手入れが行き届いてまだピカピカ~。

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12時24分発の「はくたか563号」に乗車。速達タイプの「かがやき」は満席でした。長野から先金沢まで各駅停車なので、所要時間は約3時間。

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長野を過ぎ、飯山、上越妙高、糸魚川、黒部宇奈月温泉と進んでも平地には雪が全く有りませんでした。温暖化は着実に進んでいる様子。15時25分金沢着。

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翌2日は早朝から白山比咩神社へ。

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今日も比較的暖かくて、例年よりは楽なお参りになりました。

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ここは全国に2000以上ある白山神社の総本社。

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正月も2日の朝7時半でしたので、さほど混雑していなくてお参り自体はスムーズに終わりましたが・・・。

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お札や破魔矢を買うのに長蛇の列。下の写真の左右に列を成しているのがその列です。巫女さんのアルバイトも人手不足のようで~!?。

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さらに3日は福井まで足を延ばして来ました。駅前には大きな恐竜が出現!。クビが動きます。

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今回は「えちぜん鉄道」を表敬訪問。えちぜん鉄道は2002年に設立された第三セクター方式の鉄道で、かつての京福電気鉄道。勝山永平寺線27.8kmと三国芦原線25.2kmの2路線があります。福井駅は立派な高架駅になっていました。日中は勝山行きと三国港行きがそれぞれ30分ヘッドで運転されていました。

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今回出会った車両は勝山行きも三国港行きもMC7000形。

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車内はまるでひと昔前の国鉄近郊型!?。それもそのはず、出自を辿れば飯田線で使用されていた国鉄119系でした。

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今回は全線を乗っているだけの時間はありません。

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記念写真だけ撮って金沢へ戻りました。

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帰りはほんのチョッとだけ名古屋発金沢行きの特急「しらさぎ」に乗車。

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既にUターンラッシュがピークになっていましたが、逆方向は空いていました。

これで正月三が日はおしまい~。

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さて先週の直島行きの続き。12月23日金曜日の朝は、昨夜からの暴風雨は静まったものの、まだ曇り空でした。東方向を眺めても日の出は見れず。

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南方向には、遥かかなたに高松の灯り。

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朝食を済ませてから海岸沿いを散歩。有名な草間彌生の“南瓜”がありました。

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これを眺めるのは天気が悪い時の方が良いかも!?。

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左下の写真は沖合に見える高松の街。右下の写真は大竹伸朗“シップヤード・ワークス 船尾と穴”。

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風はまだ強いけれどフェリーは運航している様子。

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さてそろそろ帰途に就かねばなりません。直島宮浦港から11時10分発のフェリーで宇野港へ。11時30分着。

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宇野駅からは11時38分発の宇野線で茶屋町乗り換えで岡山着12時29分。祝日のためか、電車内は混雑していました。

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岡山駅では平成26年6月にデビューした近未来的風貌の8600系電車による特急「しおかぜ」松山行きの姿が。

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駅前から岡山電気軌道で城下まで。今どき100円!。近くで岡山のローカル食「えびめし」でランチ。

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食後は川沿いを歩いて岡山城へ。別名は烏城(うじょう)。天守は空襲で焼失してしまい、現在の天守は1966年再建の鉄筋コンクリート造り。

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主な城主は宇喜多氏、小早川氏、池田氏と錚々たる顔ぶれ。さすがに立派な外観です。

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さてここらで時間切れ。後楽園には寄らずに岡山駅へ急いで戻りました。岡山駅14時39分発の「のぞみ172号」で新横浜着17時44分。

年末のショートトリップのおかげで、年末の多忙な時期を頑張って乗り切れました!?。

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クリスマス明けの12月最終週。12月26日月曜日は曇り空。朝は3℃、日中は12℃で平年並みの気温でしたが、翌12月27日火曜日は朝は前線の影響で暴風雨。南風が吹き込んで朝は14℃、最高気温は16℃まで上がりましたが、前線が通過した午後からは気温が急降下。12月28日水曜日は晴れて朝は4℃、日中は8℃までしか上がらずこの時期らしい気温に戻りました。この気温差がヤバいですね~。

クリニックは月曜日は混雑したものの、悪天候の火曜日、そして年内最終日の水曜日(午前のみの診療でしたが)、比較的平穏な日々となりました。例年ギリギリに駆け込んで来る方がいらっしゃるのですが、今年はそれも無くてすんなり終了。めでたしめでたし~。

診療終了後は例年通り大掃除を敢行。ことしは12月に入ってからスタッフが小まめに日々清掃に励んでくれたため、予想外に早く終わりました。まだ日が高いうちに解散。

さて今日は先週の続きを。12月21日水曜日の夜に東京駅から「サンライズ瀬戸」に乗り込んで、翌12月22日木曜日の6時27分に岡山に到着。

まだ暗い岡山駅では見慣れないJR四国の8000系特急電車の姿が。

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朝食を摂るために駅構内で喫茶店を捜しましたが、早朝のためまだ開店前でした。止む無く駅弁を購入してホームのベンチで食べていたら、いつの間にか通勤電車を待つ方の列が目の前に・・・。今日は平日でした~(汗)。

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岡山発7時10分のマリンライナーで茶屋町着7時26分。2分の接続で宇野線普通電車に乗り換えて宇野着7時53分。電車内は通学の高校生で一杯でした。学生時代に来た時とは全く様変わりしていました(まだ国鉄宇高連絡船の時代でした)。

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徒歩で5分ほどの宇野港へ。

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宇野港8時22分発のフェリーで直島の宮浦港へ。

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所要時間はたったの20分。出航したと思ったらもう入港。

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防波堤の先に有名な草間彌生“赤かぼちゃ”が見えました。

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そう、ご存知のように直島は現代アートで有名な島なのです。8時42分に到着。

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港で待つバスも派手な装い。

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周辺を見渡すと“赤かぼちゃ”の他にも・・・。

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“直島パヴィリオン”や・・・。

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“Bunraku Puppet”が。う~ん・・・。

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宮浦港の入口にある神社の狛犬は笑っていました。

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境内には4世紀頃に応神天皇が瀬戸内海を巡行された際にこの岩に腰掛けて海を眺めて平安を祈ったという“御腰懸岩”がありました。

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集落に入ると狭い路地が迷路のように。

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ところどころにアート施設が点在しおています。“直島銭湯I❤湯”は実際に入浴出来る美術施設。

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“宮浦ギャラリー六区”は改装中。“007「赤い刺青の男」記念館”はとってもシュールな展示内容。

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一旦宮浦港へ戻ってバスで本村エリアへ移動。下の写真は立派な役場。

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ここでは5か所の“家プロジェクト”と“ANDO MUSEUM”を巡って来ました。“家プロジェクト”は古い家屋を改修し、アーティストが家の空間そのものを作品化するアートプロジェクト。基本的に内部は撮影禁止なので、外観意外の写真は撮れません。

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正直???なものも・・・。

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本村エリアを巡ってから肉うどんのランチ。そうここは岡山県に近いけれど香川県です。

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ランチ後はベネッセハウス周辺へ移動。ここには地中美術館、李禹煥美術館、ベネッセハウスミュージアムの3つの美術館があります。やはり撮影禁止なので写真は有りませんが、地中美術館のカフェのテラス席から眺めた瀬戸内海は絶景でした。下の写真は西方の大槌島。後ろには瀬戸大橋が見えます。

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南方に目を向ければ遠くに高松の街並みが。

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ただし前線の接近で雨が降り始めました。

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東方遥かかなたには尖がった山。何て山でしょう?。

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足下にはクチナシが実を付けていました。

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今夜は美術館と一体になった宿泊施設であるベネッセハウスにそのまま宿泊。夕食には瀬戸内海の海の幸を頂きました。

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夜は前線通過に伴う暴風雨。長くなって来たので続きはまた後日に。

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12月19日月曜日から21日水曜日の週前半は、晴れベースの天気で朝は3~5℃、日中は14~15℃で師走にしては過ごしやすい日々でした。

クリニックは相変わらずかぜ症状の方と感染性胃腸炎の方がたくさん。インフルエンザの方も1日のうちに数人の方がいらっしゃるようになりました。本格的な流行も目前!?。

21日水曜日は診療終了後にそのまま東京駅へ直行。当院は22日木曜日が休診日に当たるので、23日金曜日の天皇誕生日と併せて連休になります!。この貴重な機会にチョッと現実逃避の旅へ出ることにした次第。東京駅構内のカフェで軽く夕食を取ってから9番線ホームに上がると、既に夜行寝台特急「サンライズ瀬戸・出雲」は入線していました。

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ご存知の様に当列車は「北斗星」や「はまなす」亡きあと、唯一孤高の存在となってしまった定期夜行寝台列車。「サンライズ瀬戸」高松行きと「サンライズ出雲」出雲市行きが岡山まで併結して運転。

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今夜のベットは「サンライズ瀬戸」1号車の24番。B寝台「シングル」の2階です。本ブログでは何度もレポートをしておりますが、またまた車内の様子を・・・。

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車内は狭い空間を限界まで有効活用した考え抜かれた構造。

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ほとんどベットだけですが、スペース的にはこれで十分です。

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ベッドの大きさは1960mm×700mm。天井高も十分。

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とりあえず荷物を置いて3号車へ。ミニロビー脇のシャワーカード販売機でシャワーカード320円を購入して・・・。

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発車前のシャワールームへ1番乗り~。

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お湯が出るのは6分間ですが、途中で止めることも出来るので十分です。終了1分前にはブザーが鳴ります。

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シャワーを浴びている最中の定刻22時00分に発車!。汗を流して部屋へ戻れば、あとは心地良い揺れとレールの音を子守唄にして・・・。

“おはよう放送”は朝の6時。6時27分に岡山着。ここで「サンライズ瀬戸」と「サンライズ出雲」は切り離し作業のために小休止。

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でも今回はここで下車。乗り換えます。

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えっ、どこへ行くかって?。続きはまた後日に~。

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さて、10月16日の網走行きのレポートがまだ完結しておりませんでしたので今更ですが完結させます~。

札幌発7時21分の特急「オホーツク1号」に乗って12時40分に網走着。5時間19分の長旅でした。

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まずは網走の商店街で海鮮ランチ。周辺はご多分に漏れずシャッターが閉まっているお店が多めでした。その後近郊の能取岬へ向かいました。

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岬の灯台周辺は広々とした草地。

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灯台の先には静かなオホーツク海が広がっていました。天気も良くて気分爽快。

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条件が良ければ知床半島まで見えるとのことでしたが、残念ながら見えませんでした。

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その後は夕方の飛行機の時間まで釧網本線を辿ってみることに。まずは網走から3つめの藻琴駅へ。

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懐かしい木造駅舎が健在でした!。

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開業は大正13年11月15日。琺瑯看板が現役。

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昭和61年に駅員配置が無くなり簡易委託化。その後平成4年には簡易委託も廃止され完全無人化されていますが、かつての駅事務室では喫茶店が営業中。

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ホーム側は窓や扉がアルミサッシ化されていますが、素朴な佇まいは恐らく開業当初から大きくは変わっていない模様。海岸からは少々離れているので隣の北浜駅ほど有名では有りませんが、そのノスタルジックな雰囲気は感涙モノ!?。

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さてさらに隣の北浜駅へ。ここは「オホーツク海に一番近い駅」として有名になって、たくさんの映画やテレビドラマにも登場しました。ここでもかつての駅事務室では喫茶店が営業中。

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下の写真は昭和57年3月18日に訪れた時の写真。当時と比べると今の駅舎はだいぶ小奇麗になっていますね。

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駅名の琺瑯看板はそのまま。

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待合室に入ってみると壁面にはたくさんの切符や名刺が貼られていました。

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時刻表は隙間だらけで列車は僅かに7往復。

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駅舎脇には流氷見学用の展望台があって、上からはオホーツク海が一望出来ました。

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左下が網走方面、右下が釧路方面。

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さらに次の駅は原生花園駅。ここは例年5月1日から10月31日まで営業される臨時駅。

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小清水原生花園の最寄り駅で、展望台に直結。

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展望台に上がって見ると原生花園が見渡せました。

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ただ今の季節は僅かにハマナスの花と実が僅かに彩として見られるだけでした。初夏なら花々が咲き乱れていることでしょう。

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下は網走方面を見たところ。右がオホーツク海、左に濤沸湖。

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やがて遠くから網走発釧路行きの普通列車がやって来ました。

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北海道仕様のキハ54形気動車500番代1両編成でした。

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だいぶ日が斜めになって来ました。そろそろ空港へ向かわないと・・・。

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途中で網走湖に沈む夕日を眺めてから女満別空港へ。

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18時30分発の東京羽田行きはANAとAIR DOの共同運航便。ボーイング737でした。

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羽田空港までは僅か1時間55分。飛行機なら近いのにね~。

11月18日にJR北海道は単独では維持が困難な10路線13線区を発表しました。その中には当然(!?)石北本線も釧網本線も入っていて・・・。存続は厳しいかも~(涙)。

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さて少々ネタが古くなってしまいましたが、10月16日の網走行きレポートの続きを進めなければなりません。

札幌から乗車した特急「オホーツク1号」は3時間30分かけて遠軽駅に到着。ここで4分停車。進行方向が変わります。

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遠軽はかつては旧名寄本線(現在は廃止)と石北本線が接続する鉄道の要衝でした。名寄、湧別から遠軽を経由して北見、網走へ向かうルートの方が石北本線のルートより古くからあったため、ここで方向転換することになったようです。

下は名寄本線や湧網線が健在な頃の鉄道地図。

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下はJTB時刻表の今年4月号の地図。以前に比べると線路が減って随分とスッキリ~(涙)。今やこの残った線路さえ存続の危機にあります。

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かつて国鉄遠軽機関区には要衝として20両ほどのD51形と9600形蒸気機関車が配置されていた時代がありました。

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現在では機関区は跡形も無くなってしまいました。

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遠軽を発車すると、しばらくは平坦地を意外な高速で疾走。生田原には11時11分着。

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蒸気機関車時代には、この先の常紋峠越えのために補機9600型蒸気機関車が待機していました。折角停車したのに本日の乗降客はゼロ。

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常紋峠はかつては蒸気機関車の撮影名所として全国に名を轟かせていましたが、さすがに現代車両は難無く登り切ってサミットの常紋トンネルに突入。常紋トンネルは過酷なタコ部屋労働で建設され、トンネル壁面からは人柱の人骨が発見されることも。

トンネルを抜けると常紋信号所。ポイント部分は大きなスノーシェルターに覆われていましたが、かつてを偲ばせる地形はそのまま。

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峠を下ると、この3月25日に廃止されて信号所となった旧金華駅、さらに次の西留辺蘂駅を通過して、留辺蘂駅に停車。

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駅構内の線路は剥がされて駅舎とホームとの間には不自然な空間が。

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次は道東の中心都市である北見駅。さすがに乗客の大半が下車しました。ホームの屋根は昔のまま。

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北見駅を発車するとラストスパート。端野駅を通過するとカーブしながら常呂川を越えるコンクリート橋に繋がる築堤を一気に駆け上がります。

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このあたりにはかつて蒸気機関車の写真を撮りに来たことがありました。下の写真は急行「大雪6号」がそのまま北見~網走間で普通列車1527列車として運用された列車(いわゆる“大雪くずれ”)で、寝台車もグリーン車もそのままに急行編成を蒸気機関車が牽引。当日の牽引機は北見機関区のC58型蒸気機関車418号機でした(端野~緋牛内間、昭和50年3月撮影)。

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その先を進むとコンクリート橋で常呂川を渡ります。

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このあたりの風景は40年以上の歳月を経てもあまり変わっていませんでした。下は当時の写真(端野~緋牛内間、昭和50年3月撮影)。

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終着が近付くと、左手には網走湖が見えて来ました。

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下の写真はこのあたりで撮った国鉄時代の急行列車。当時の急行列車は長大編成でした(呼人~網走間、昭和53年3月撮影)。

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そしてついに特急「オホーツク1号」は12時40分に終着網走駅に到着!。

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朝7時21分に札幌を出て実に5時間19分の長旅でした。

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老体に鞭打って頑張ったこのスラントノーズの183系気動車編成は、小休止ののちに早くも13時26分発のオホーツク6号として札幌へ折り返す予定。網走から先へ行く釧網線の列車は15時10分までありません。

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下の写真は網走駅ホームで撮影した先代82系気動車時代の特急「オホーツク」の写真です(昭和53年3月撮影)。

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さてオホーツク完乗で今回の旅の目的は終了ですが、まだ少々時間があるので周囲を観光してから帰宅の途につこうかと思います。

長くなって来たので続きはまた後日~。

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10月28日金曜日は曇りのち雨、10月29日土曜日は曇り、10月30日は曇りと、10月最後の週末は連日寒々とした冴えない天気になりました。特に金曜日と日曜日は朝は11~12℃、日中は14~15℃程度までしか上がらず、季節がまた一歩進んだことが実感されました。

気温がさらに下がった影響か、クリニックは喉かぜや咳かぜの方がたくさん。インフルエンザワクチン接種の方も多くて、終日混雑気味でした。

金曜日の夜は大和市医療センターで開催された社会保険診療懇話会に参加。お二人の先生から保険診療に関する講演を拝聴しました。

さて遅くなりましたが、今日は2週間前の北海道行きのレポートの続きを。写真は10月16日日曜日早朝の札幌駅北口側。

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少し離れて北大構内も見渡せました。

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今日は道内ほぼ全域で好天!。

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慌しく朝食を摂ってチェックアウト。札幌駅へ急行しました。今回の北海道行きの目的は特急オホーツクに乗車すること。特急オホーツク1号は札幌7時21分発の網走行きです。朝7時前にホームへ上がると、既にディーゼルエンジンの音が響いていました。

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車両は国鉄時代に製造された古いキハ183系気動車。

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先行試作車が1979年に製造され、その後1981年から量産された車輛です。中でも1983年までに製造された初期のキハ183形20両が高運転台非貫通構造のいわゆるスラントノーズ型。

下の写真は新製間もない頃の姿。函館駅にて撮影(再掲です)。

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現在このスラントノーズ型を恒常的に使用する列車はこの「オホーツク」のみになってしまいました。しかも札幌方の4号車のみ。側面から見ると、直線で構成された特徴的な先頭形状が良く判ります。

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編成は4両。国鉄時代の特急では有り得ない短さですが、昨今のJR特急ではこれくらい短いのが主流。因みに北海道内の特急ではサロベツの3両編成が最短。

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特急オホーツクは昭和47年10月に急行大雪の格上げで誕生。当時からヘッドマークのローマ字表記は伝統的にロシア語のOKHOTSKが採用されていましたが、他にロシア語表記の特急はありません。

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1号車は貫通ドアのキハ183。どことなくキハ82系の面影があります。

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さて、定刻の7時21分に札幌駅をゆっくりと発車!。最近の電車特急に比べれば加速は良くありません。でも一旦速度が出てしまえば軽快。旭川までは複線電化路線を飛ばします。沿線の水田では既に稲刈りは済んでいました。

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札幌を出ると岩見沢、美唄、砂川、滝川、深川、旭川の順に小まめに停車。かつての急行列車なみの停車駅数です。

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旭川には8時58分着。わがオホーツクは車両が古いせいか、同区間を走る新型気動車特急や電車特急に比べて10分以上時間を要します。

旭川を出ると新旭川で宗谷本線と分かれて石北本線へ。実は特急オホーツクは先日の水害で旭川以遠の区間が9月一杯まで不通になっていました。やっと10月1日から運転再開されたばかり。

石北本線は上川まで石狩川に沿って走りますが、岸辺には流木が堆積している場所もあって、水害の痕跡が至る所に。

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旭川駅を出て最初の停車駅上川駅は大雪山国立公園の層雲峡への玄関口。登山や観光に向かわれる方が多数下車されました。

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上川駅を出ると次の停車駅は白滝駅。白滝駅は今は隣駅になってしまいましたが、以前は間に5つも駅があった時代も・・・。

上川駅から白滝駅までの間には、かつて天幕駅(2001年廃止)、中越駅(2001年から信号場)、上越駅(1975年から信号場)、奥白滝駅(2001年から信号場)、上白滝駅(2016年廃止)の5つもの駅がありましたが、全て廃駅となってしまいました。そんな訳で上川駅~白滝駅の駅間営業キロは何と37.3kmに!。

下はJTB時刻表2016年4月号の地図。因みに駅名に付された※マークは2016年3月25日に営業を終了した駅。

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上川と白滝駅間には当線きっての難所である北見峠。車窓は次第に人煙稀なる風景に。

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上川駅から先は石狩川水系の留辺志部川に沿って峠道を登ります。

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先日北海道を襲った未曾有の豪雨で、この留辺志部川が氾濫して石北本線が不通になっていました。

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10月1日に仮復旧したものの、現場付近ではまだまだ復旧工事の最中でした。

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わが特急オホーツクも最徐行でソロリソロリとゆっくり通過。

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復旧工事現場を過ぎれば、勾配などものともしない軽快な走行。

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もと中越駅(2001年7月1日に旅客扱いを廃止)だった中越信号場を通過!。

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旭川紋別自動車道の近代的高架をくぐって、今度はもと上越駅(1975年12月25日旅客扱い廃止)だった上越信号場を通過。

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石北トンネルでサミットを越えると、あとは延々と下り勾配に。色付いた木々を間を縫って予想外(!?)の高速走行。

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やがて白滝駅に到着。周辺は特急停車駅とは思えない風景。上川駅発9時40分で白滝駅着10時18分ですから一駅間の所要時間が38分!。地元の方がお一人下車。

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白滝駅を出て丸瀬布、瀬戸瀬を過ぎる頃には、少しずつ周辺が開けて来て、畑や牧草地が見えるようになりました。

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10時51分に遠軽(えんがる)駅に到着。ここで進行方向が変わります。1989年5月1日までは廃止された名寄本線との接続駅でした。

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遠軽では4分停車。車内では一斉に乗客たちがシートの方向転換作業。

ちょっと長くなって来たので、続きはまた後日~。

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10月15日土曜日。晴れ。朝は10℃、日中は21℃。すっきりした秋晴れになりました。日中は汗ばむくらいに。

クリニックはそこそこの混雑。寒暖の差が大きいためか、体調の良くない方はやはり多めでした。

診療終了後は直ちにクリニックを脱出して横浜経由で羽田空港へ。友人と合流して17時00分発の千歳行きANA073便に搭乗。

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第2ターミナルの外れからは遠くに富士山の姿が!。えっ、見えない!?。

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それでは拡大。

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これなら判るでしょう。

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千歳までは1時間30分のフライトですが、羽田空港の混雑で15分ほど遅れました。千歳空港からは19時15分発のエアポートライナーに乗って札幌駅へ。

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駅上のホテルにチェックインしました。

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明日はいつものように(!?)早起きですので、早々に就寝~。

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10月12日水曜日は晴れのち曇り、10月13日木曜日は終日曇り。朝は14~15℃まで下がるようになって、長袖の上着が必須の気温になって来ました。

クリニックはインフルエンザワクチン接種が佳境に入って来ました。一方で巷ではポツリポツリとインフルエンザの方もいらっしゃる様で、高熱でインフルエンザを心配して受診された方もいらっしゃいました(迅速診断では陰性でした)。長引く咳の方や、喉から熱を出している方も多くなりました。

さて今日は、だいぶ遅くなってしまいましたがこの夏のペルー旅行のレポートを片付けてしまいます。旅の最終日8月16日、クスコの朝はやはり晴天に恵まれました。朝食後に街の中を散策。

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街の造りはかつての宗主国であるスペイン風。

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清々しい朝ではありましたが、やはり標高3400mでは急ぐと息が切れます。

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高地順応には結構時間がかかりそう。

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早朝のこととて、観光の拠点アルマス広場のお店もまだ開いていません。

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広場中央のインカ第9代パチャクティ皇帝に別れを告げて・・・。

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クスコ発10時20分のLATAM航空2022便でリマへ戻ります。

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クスコ上空はすっきり晴れていましたが・・・。

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海沿いのリマが近付くとやはりどんより曇り空。この季節のリマは雨は降らないのに滅多に晴れないそうです。リマには11時50分着。

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ここでトラブル発生。クスコで預けた荷物がいつまで経ってもターンテーブルに出て来ません。嗚呼、この期に及んでロストバゲージでしょうか。空港係員に事情を話して諸手続きをしている間に、もう次のクスコからの便が到着してしまいました。次の便の荷物が出て来て、ふとターンテーブルを見たら何と自分の荷物が回っているではありませんか!。荷物だけ次の便でやって来たのでした。ふぅ~っ。でもなんといい加減な・・・。

気を取り直して空港から太平洋岸のミラフローレス地区へ。

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この一帯には断崖上に高級マンションやホテルが立ち並ぶペルーの高級地区。

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上空を飛んでいるのは沢山のパラグライダー。

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ランチは桟橋の先端に突き出たシーフードレストランで。

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中で食事をしているのは白人ばかり。ペルーはヨーロッパ系15%、メスティソ(先住民とスペイン人の混血)37%、先住民45%の人口比ですが、やはり人種間の格差や差別が歴然と・・・。

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ともあれシーフードはとっても美味でした。

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窓の外には白い髭が特徴的なインカアジサシ。ペルーからチリまでの太平洋岸に分布しています。

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さて食後はラファエル・ラルコ・エレーラ博物館へ。

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ペルーの古代文化に関する膨大な収蔵品が展示されていました。

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ペルーにはインカ以前から高度な文明が存在。文字は無かったけれど、紐の結び目で情報を伝達する手段を持っていました(右下)。

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左下はミイラ。

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あまりに高度な文明と・・・。

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豊富な金を持っていたばかりにスペイン人に征服されてしまいました。

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目が眩むような金を見て外へ出たら、そこにはハチドリの姿。飛翔する場面は速過ぎて撮れません~。右下は判り易いトイレ表示。

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さていよいよ帰国。夕食は空港近くで済ませて深夜0時03分リマ発のアメリカン航空AA0988便ダラス行きに搭乗。ボーイング757でした。

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アメリカのダラスには朝7時30分着(リマとダラスは時差がありません)。着陸直前に眼下に見えた広大なハイウェイがいかにもアメリカ。

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アメリカ入国手続きと出国手続きを行ってダラス10時50分発AA0175便東京行きで成田へ。機材は来た時と同じボーイング777-200でしたが、リニューアルされていない機材でしたので映画の本数は少なめでした。

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成田には8月18日の14時00分着。こうして4泊8日のハードな旅は終了しました。やはり南米は遠くて飛行機は十分過ぎるほど堪能出来ました。

翌日からいきなりフルに仕事~(完)。

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さてもう9月が終わりそうなので、この夏のペルー行きの報告の続きを急ぎます。

8月15日は朝一番でマチュピチュ遺跡内も巡って堪能。真冬の高地(2400m)とは言ってもここは熱帯アマゾンの一角。あまり馴染みの無い植物が自生しておりました。

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遺跡入口のサンクチュアリーロッジでランチを済ませてから帰路に。帰りのバスは1時間以上の長蛇の列。

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この斜面の未舗装のジグザグ道を約30分バスに揺られながら下って・・・。

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列車の駅があるマチュピチュ村まで。村は狭い峡谷の川沿いに伸びていました。

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路地裏にはホテルやレストラン、カフェ、土産物店が軒を連ねていました。

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そぞろ歩きの観光客がたくさん。

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どこか日本の温泉街に迷い込んだような風情でしたが・・・。

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それもそのはず、路地を上がった終点はやっぱり温泉でした!。

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来た道を引き返して駅へ。

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駅前はお土産物屋さんが密集。迷宮の如し~。

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お土産物の定価は言い値。交渉次第でどんどん下がります!?。

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駅の入口に着きました。

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駅の構内にはチケットが無いと入れません。

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待合室は世界中からの観光客で埋め尽くされていました。

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帰りの列車は15時48分発。来た時と同じく小奇麗な展望車両。

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車内では往路と同じく飲み物とサンドイッチがサーブされました。それに引き続いて乗務員がモデルになってアルパカ製品の俄かファションショーが開催されてそのまま即売会に。結構売れている様子でした。

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車窓は次第に暗くなって来ました。夕陽に輝く雪山の姿も。

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夕闇迫るオリャンタイタンボ駅に到着してバスに乗り換え、ウルバンバを通ってクスコのホテルに入ったのはもう夜8時近く。

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ホテル内で夕食を済ませて、街へ出たのは夜10時前でした。夜遅くなってグッと冷え込んで来ました。標高約3400mで相変わらず動くと息が切れます。

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美しい夜景の広場。

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教会の前には、こんなに遅い時間にもかかわらず大勢の人達。

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やはりポケモンGOに熱中する人達でした。世界遺産の街であろうともポケモンGOによってもはや席巻されていました。

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いよいよ明日は最終日~。

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9月12日月曜日からは本日9月15日木曜日まで30℃越えの日はありませんでしたが、停滞する秋雨前線と台風の影響で相変わらず天候は不順。“秋晴れ”が待ち遠しい日々でした。

クリニックは今月までの大和市の特定健診・長寿健診の方々で相変わらずの混雑。かぜ症状や喘息症状の方が多くなって来たのは気候が不順なせいでしょう。診療終了後は健診結果判定以外にも診断書や紹介状書きなどの事務仕事が山積していて、少しでも時間が出来れば聴きに行きたかった講演会への参加も全く叶わぬ状況。今月一杯は難しいかも・・・。

さて今日はこの夏のペルー行きの続き。8月15日は朝6時の開門と同時にマチュピチュ遺跡に入場。高台から朝日が当たる光景を眺めたあと、朝食前に遺跡内を一巡することに。

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下の写真は遺跡全体を眺望出来る高台から遺跡に向かって少々下り、来た道を振り返ったところ。三角屋根の建物は見張り小屋です。

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下を見ると、まだ朝6時過ぎだと言うのに勤勉な観光客がたくさん。

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さらに下ると遺跡の“市街地”が同じレベルに近付いて来ました。

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このあたりから振り返ると、右上の見張り小屋から左下に続く階段状の構造物。これは住人の食糧となるジャガイモやトウモロコシが栽培された段々畑です。

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市街地の正門からはマチュピチュを見下ろすワイナピチュの峰(2690m)が正面に。

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市街地に入ったところから振り返るとこんな感じ。右下に見えるのが正門です。一番高い峰がマチュピチュ山(2940m)。

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上からの眺望では小じんまりと見えた遺跡も、中に入ると予想外のスケール。それもそのはず尾根に広がる都市部分だけで5平方キロメートルもあるそうです。

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右下を見下ろすとカリャンカと呼ばれる訪問者の休憩所。

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さらに作業小屋や・・・。

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太陽の神殿。

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それに見事な段々畑~。

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この空中都市は1450年頃の建造。

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攻めて来るスペイン人から逃れるためとは言え、どうしてこんなに山深いところまで逃げて来て都市を築いたのでしょう。

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インカ帝国がスペイン人に征服された後は、1911年に発見されるまでジャングルの中で眠りについていたそうです。

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奥へどんどん進みますが・・・。

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解説しているとキリが無くなりそうですので、スナップ写真の羅列で・・・。

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右下の写真は日時計です。

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奥まったところにメイン広場。

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そして最奥部にワイナピチュへの登山口。登山が許されるのは1回200名で7時と11時の2回、計400名のみ。自己責任である旨の署名が必要です。

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途中鎖場もあるそうで決して楽では無さそう。

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水の溜まった石は天体観測用だったとか。

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ふと谷を見下ろすと、ジグザグにバスが上がってくる道路が見えました。この道を通らないと何人もここへは辿り着けません。

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拡大すると下の写真のような感じ。

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コンドルの神殿を抜けて・・・。

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出口近くから振り返ると、やっぱり凄い遺跡です~。

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後髪を引かれながらもお腹が空いたので、そろそろ朝食を摂りにホテルに戻ることに。

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長くなって来たので、続きはまた後日に~。

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さて今日はこの夏のペルー行きの続きを。

8月14日(すでに旅程4日目です)の朝6時半にウルバンバのホテルを出発して、オリャンタイタンボから約1時間半列車に乗って、麓のマチュピチュ村から険しい山道を約30分バスに揺られ、やっと昼前に今回の旅のハイライト、マチュピチュ遺跡に到達しました!。

遺跡内は世界中からの観光客で大混雑!。列をなして山道を歩いて行くと、ついにあの有名な光景が眼前に!。

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いや~、しばし感涙にむせいだのでありました(チョッと大袈裟!?)。

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あまりに険しい地形。右側も・・・。

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左側も断崖絶壁。高所恐怖症の人はこの空中都市では暮らして行けません~。

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さて翌日8月15日は朝の遺跡を見るために早起き。開門は朝6時ですが、開門前には既にすごい行列が出来ていました。

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日が射す前、周辺の山々には雲が掛かっていました。

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一番乗りですから、当然遺跡内には人の姿はありません。

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右手から日が昇って来るはず。

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高台で日が出て来るのを待っていたら、左手から雲が上がって来て・・・。

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みるみる遺跡を覆い隠して行きました。

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やっ、ヤバい!。

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一時は完全に見えなくなってしまいました!。

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・・・でも大丈夫。しばらくしたらまた視界が開けて来ました。

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やがて右手の山蔭から太陽が顔を出しました。

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後を振り返ると、マチュピチュ山にも日が当たり始めました。

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そして順次ステージ上にスポットライトが当たるように照らされて・・・。

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順次明るくなって行ったのでした。

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う~ん、幻想的~。

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さて空いているうちに遺跡内を巡ってみようと思いますが・・・。

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長くなって来たので続きはまた後日に~。

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今週前半は前代未聞の迷走台風10号の影響で悪天候が続きました。8月30日火曜日の昼前に関東に最接近。その後午後6時前に岩手県大船渡市に上陸した後日本海へ抜け、温帯低気圧になりました。東北や北海道では記録的な豪雨による被害が甚大。被災された皆様に心よりお見舞い申し上げます。

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さて、今日もこの夏のペルー行きの続きを。8月13日にクスコに入って見物したあと、夕刻にウルバンバへ移動してそこで宿泊。クスコよりも標高が低い(約2800m)ので高地順応対策とのことでしたが・・・。既に午後からは高山病によると思われる頭痛と食欲不振に見舞われて、折角のペルー料理も堪能出来ませんでした。情けなや~。

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早寝して翌朝は早朝に起床。やはり体調は優れませんでしたが、マチュピチュを目指して出発。出発直後からホテル前の悪路の揺れで、もう気持ち悪い~。

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並行する聖なる谷を流れるウルバンバ川の流れは神々しくて静謐。アマゾン川の源流の一つです。

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道路脇には自生のサボテンが。

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バスは30分ほどでオリャンタイタンボの村へ入りました。

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ここはインカの遺跡の村。

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長い石畳の路地はとっても魅力的。

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道路中央の水路には豊かな水の流れが。

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ここにはマチュピチュ行きの列車の発着駅があるので、多くの旅行者で賑わっていました。

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観光客向けのレストランやホテルもたくさんありそうです。

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今度来る時にはここに泊まりたいけど・・・。

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さてここから列車に乗ります。下の写真は駅前通り。突き当たりが駅です。

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おや、ミキストトレイン(混合列車)でしょうか。

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でも私どもが乗る列車はこちら。

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私が鉄道好きだからわざわざ乗るのではなく、列車に乗らなければ何人もマチュピチュには行けないのです。

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「ペルーレイル」はペルー資本+イギリスの観光会社による経営。車両は整備が行き届いて綺麗なディーゼルカー。瀟洒過ぎて私好みではありません。

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アマゾン川に続く渓流沿いを終点のマチュピチュ村を目指します。

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車窓には歩いてマチュピチュへ向かう古代インカ道が見えます。

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3泊4日の人気のトレッキングコースだそうです。

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車内ではサンドイッチと飲み物のサービスが。右下は列車に乗っているにもかかわらず普段の元気が出ない弱っている私。

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約1時間半で終点のマチュピチュ村の駅に到着。

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駅は狭くて深い谷合いにありました。

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ここからさらに29人乗りのバスが遺跡の入口までピストン輸送。

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橋を渡って曲がりくねった険しい山道を登ります。大型バスが入れない理由が実感出来ます。

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約30分で遺跡の入口までやって来ました~。

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入口付近は世界中からやって来た観光客で大混雑。いよいよマチュピチュ遺跡に入りますが、続きはまた後日に~。

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今日はこの夏休みのペルー行きの続きを。8月11日の夜に成田を飛び立ってテキサス州ダラス経由でペルーのリマへ。リマで1泊した後、翌朝にはリマからクスコへ向かいました。リマの空港は朝からごった返していました。

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それもそのはず、クスコ行きの飛行機が通勤電車並みの頻度で!。

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自分の乗る飛行機を間違えそうなくらいでしたが、LATAM航空のLA2047便クスコ行き9時15分発に搭乗。

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LATAM航空はLAN航空とTAM航空が合併した新しい会社で、まだ機材の塗色はLAN航空のまま。南米全体を網羅しています。機材はA320。短時間のフライトにも拘わらず機内ではスナック菓子とインカコーラ。眼下には雪か氷で白くなった山岳地帯が見えて来ました。

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やがて左手にクスコの街が見えて来ました。

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かつてのインカ帝国の首都はアンデス山中の盆地。左旋回で滑走路に進入します。

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クスコ国際空港は便数が多い割には小じんまりとした空港でした。標高は約3400m。

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狭い空港は世界中からの観光客で混雑していました。おやっ、空気が薄くて小走りすると息が切れる!?。慌ててゆっくり歩いて深呼吸。

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天気が良いので、まずはクスコ北西部の山の上にある遺跡へ。途中の山道からは眼下にクスコの茶色い街並みが一望。現在の人口は約30万人だそうです。

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1200年頃にインカ帝国の初代皇帝が築いた都でしたが、1533年にはスペインからの侵略者ピサロによって支配されてしまいました。

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インカの要塞跡のサクサイワマンには立派なインカの石組みが残っていました。

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クスコは地震多発地帯ですが、高い技術に裏付けられた石組みは度重なる地震でもビクともしなかったそうです。

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多数の角を綿密に組み合わせてあるので、多方向から揺れに襲われても崩れないのだそうです。

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巨大な石をどうやって切り出して運搬したのか不思議ですね~。下右の動物はアルパカです。

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遺跡内を一巡した後、クスコの街の中心部アルマス広場に面した“インカ・グリル”でランチ。ペルー料理は日本人にもしっくり。右下はペルーやボリビアなど南米でしか飲めないコカ茶。高山病予防になります。

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店内に置いてあったペルーの食材。ジャガイモやトウモロコシ、豆は数えられないほどの品種が。

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さてお店から出て、クスコの街の中心アルマス広場を散策。

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大きな建物は1550年から100年かけて造られたカテドラル。

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周辺には外国人観光客がたくさん。

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街の造りはスペイン風です。

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石畳の道路の真ん中の窪みは排水路。

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裏通りのインカの石組みの中に・・・。

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有名な“12角の石”を発見。カミソリの刃1枚すら通さないと言う緻密な加工。

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どこまでも行ってみたいけれど、息は切れるし頭が痛くなって来るし・・・。まさか高山病!?。

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来た道を引き返してアルマス広場まで戻って来ました。中央の大きな建物はラ・メルセー教会・修道院。

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その前の路上には俯き加減の怪しげな人々が大勢。何とチョッと前にペルーでも配信されたポケモンGOに熱中する人達でした。ここでも・・・。

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その後、インカ帝国時代は太陽の神殿だった場所に造られたサント・ドミンゴ教会・修道院へ。

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インカの石組みの上にスペイン風の教会が。スペインに征服されなければどれだけ見事な建物が残っていたことでしょう。

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さて今夜は高地順応対策でクスコより標高の低いウルバンバに宿泊する予定(それでも標高2800mありますが)。

チョッと長くなって来たので続きはまた後日に~。

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夏休み明けの週末は、三つ巴になった台風の影響で8月19日金曜日は未明まで雨、8月20日土曜日は終日激しい雨が降ったり止んだりでした。

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クリニックは休み明けの割には意外に平穏でしたが、悪天候の影響とまだ夏休みの方が多かったせいかも知れません。

さてこの夏は、8月11日木曜日からしばしのお休みを頂いて、未踏の大地南米へ足を踏み入れて参りました。・・・とは言ってもリオ・オリンピック開催中のブラジルではありません。お隣のペルーです。

まずは11日の夕刻に成田空港からアメリカン航空機でテキサス州のダラスへ。ペルーへの直行便は無いのでアメリカ経由が一般的です。

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18時30分定刻のAA60便は約1時間遅れで出発。機種はボーイング777-200。アメリカン航空は最近外装が一新されたようで、尾翼に星条旗をアレンジした派手なデザインになっていました。左下はまだ少数残っていた旧塗色(ダラスにて)、右下は新塗色(成田にて)。

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テキサス州ダラスまでは11時間5分のフライト。搭乗機は内装もリニューアルされていて、座席前のモニターは大きなタッチパネル方式。

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映画や音楽、ゲームなどのプログラムは豊富なので、長時間のフライトでもそれほど苦痛ではありませんでした(もちろんエコノミークラスでのお話しです)。

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運動出来ない環境下で高カロリーな機内食が2回。

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室内灯の色調は変幻自在。着陸時には星条旗色になっていました。

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ダラスには現地時間の夕方16時30分に到着。時差は14時間です。長蛇の列に並んで両手の指紋と顔写真まで撮られて一旦アメリカへ入国。直ちにまた長蛇の列に並んで靴まで脱がされるセキュリティーゲートを抜けて出国手続き。もっとトランジット客に優しくは出来ないものでしょうか。

乗り継ぎ時間は約6時間(!)。その間に広大な出発ロビーを歩きまわって運動。

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ロビー内のテレビは、夜の時間帯だからかオリンピックより選挙報道がメインでした。

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ダラスからは同じアメリカン航空でペルーの首都リマへ。AA0980便は22時20分発。機材は日本国内では搭乗機会の無いボーイング757でした。左右3列シートで個別モニター画面は無い簡素な機内。約7時間のフライトは結構苦痛でした。途中で夕食と夜食(?)。

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メキシコ、ホンジュラス、ニカラグア、コスタリカの上空を通過し、エクアドルを掠めてペルーへ。

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所要約7時間。ペルーのリマには早朝5時29分に到着しました。やっぱり遠い・・・。

アメリカに比べると簡単な入国手続きを終えて空港外へ。ちょうど通勤ラッシュの時間帯でしたが、地下鉄やトラムの無いリマ市内は自家用車と個人経営の乗り合いバスが主な通勤手段であるため、道路はとんでもない大渋滞。交通ルールは有って無きが如く。普通の日本人では運転出来ません!?。

一旦ホテルに荷物を置いて小休止。下はホテルの窓から眺めた市内の様子。決して綺麗ではない市街の治安は良くありません。

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下に見える白い建物はイタリアン・アート美術館。

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その後ユネスコ世界遺産の旧市街へ。街並みはかつての宗主国スペイン風で碁盤の目状。下の写真はサン・マルティン広場。

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そこから北東へ進むとアルマス広場。ペルーで最も古いカテドラルが聳えていました。

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ここには大統領官邸も。

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脇を抜けて突き当たりはデサンパラドス駅。

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現在駅舎は図書館として使われています。

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中に入ると、アーチ状のステンドグラスの天井。

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跨線橋や出札口も。ここは1日に数回鉱物輸送の貨物列車が走っているそうですが、年に10往復程度リマ~ワンカーヨ間332kmの観光列車も運行されているとか(鉄道ファン、2010年2月号)。

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駅舎に向かって右折すると古い街並み。中には朽ちかかっている建物も。

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やがてサン・フランシスコ教会・修道院が見えて来ました。地下には約2万5000体もの遺体があるとか・・・。

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さて長くなって来たので続きはまた後日に。

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7月になった途端、7月1日金曜日から連日30℃越えの日々。特に7月3日日曜日は34℃まで上がってヘロヘロでした。

クリニックは金曜日も土曜日もほどほどの混雑。金曜日は診療終了後に大和市地域医療センターへ。休日夜間急患診療所の当番に当たっておりました。こちらは至って平穏で受診者は僅かに9人。この季節、急患診療所がヒマなことは良いことですが、少々手持無沙汰でした!?。

さて本日も先週の稚内行きの続きを。6月26日日曜日は札幌7時48分発の「スーパー宗谷1号」に乗って稚内に12時53分着。実に所要時間は5時間05分!。もっとも昭和50年8月に初めてこの地を踏んだ時は夜行客車急行「利尻」で札幌21時20分発で稚内6時25分着でしたから、実に9時間05分もかかっていた訳で・・・やはり稚内は遠いのです。

ホームの北の外れには「最北端の線路」の看板がありましたが“最南端から北へ繋がる線路はここが終点です”とわざわざ注記してあります。

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その理由は“繋がらない”線路がその先にあるから!?。平成23年4月に開業した現駅舎はガラスを多用した瀟洒な建物ですが、その先に更に線路が続いていました。

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そして駅前広場に「日本最北端の線路」の碑が!。

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こちらのモニュメントは、現在の駅舎が平成23年4月に開業するまでの旧稚内駅で最北端だったところに稚内市が平成24年3月に復元したものだそうです。

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さて、お腹が空いたので食事が摂れるところはないかと駅前を少し歩いてみましたが、それらしきお店は無し。近くのアーケード街はほとんどシャッターが閉まっていました。

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結局、少々駅から離れた稚内港近くの食堂へ。左は私の海鮮丼、右は友人が注文したウニ丼。

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食後は夕方の飛行機まで少々時間があるので、折角ここまで来たからには宗谷岬まで表敬訪問することに。

写真は有名な「日本最北端の地」の碑。本当の最北端の地は北方領土択捉島のカモイワッカ岬だそうですが・・・。

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下の写真はこの碑の裏手にまわって撮った写真。最北の岩たち!?。晴れていれば樺太までクッキリ見えるはず。

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最北の土産物屋さんの温度計はなんと9.9℃になっていました。ど~りで寒いはず。右はこの近くから樺太を目指して出航した間宮林蔵の像。

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背後の丘へ上がってみると、明治35年に築かれた旧海軍の望楼がありました。現在は崩壊の危険があって立ち入り禁止。

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裏手に回って眼下を見やれば、先ほど立ち寄った最北端の碑が見えます。

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風が強くて体感気温は更に低いため、とてもじゃないけど長くはジッとしていられません。景色をゆっくり眺めるゆとりは無し。

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後ろには1983年9月1日に起きた大韓航空機撃墜事件のモニュメント。ボーイング747型の乗客乗員269名が犠牲になりました。

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さらに南側に広がる宗谷丘陵一帯は広大な牧場になっていました。

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黒い点々が宗谷牛。左上に見える建物が厩舎です。

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あれっ、茶色い牛?。

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いえいえ、こちらはエゾシカです。

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晴れて海と空が青ければね~。

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稚内空港は稚内市街と宗谷岬の間に位置します。16時30分発のANA574便東京行きは166人乗りのエアバスA320。花の季節を迎えた利尻・礼文帰りの観光客の方々もいらした様で満席でした。

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18時25分には東京に戻って来ました。帰りは僅か2時間弱。羽田の気温は27℃でした。ふ~っ。

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6月最終週は、梅雨の末期に入ったためか天候はとっても不安定。九州各地では大雨が続き。6月27日月曜日は晴れて日中は29℃まで上がったものの、以後28日火曜日から本日30日木曜日までは雨が降ったり止んだり。

クリニックは相変わらずの混雑続き。特定・長寿健診に加えて咳や喉のかぜ症状の方が増えて来ました。やはり気温差が大きいためでしょうか。

さて今日は先日26日日曜日の続きを。前日土曜日の夜に札幌入り。札幌の朝は雨が降って気温は16℃でした。

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朝6時30分から朝食を食べて直ちにチェックアウト。札幌発7時48分発の稚内行き「スーパー宗谷1号」に乗り込みました。今回はこれに乗って久しぶりに宗谷本線を踏破することが目的。

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車両は2000年年3月11日のダイヤ改正でこの「スーパー宗谷」に導入されたキハ261系特急型気動車の4両編成。札幌~稚内間396.2kmを5時間04分で結んでいます。

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最高速度は以前は130km/hでしたが、JR北海道の度重なる事故のために2014年8月30日以降は車体傾斜装置を停止して120km/hに制限されています。

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左に並んでいるのは帯広行きの「スーパーとかち1号」。

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車内は団体客を含めてほぼ満席状態。札幌を定時の7時48分に発車しました。岩見沢、美唄、砂川、滝川、深川と、蒸気機関車時代の聖地に停車しながら北海道の幹線電化路線を軽快に疾走。意外に水田が目立ちましたが、それもそのはず北海道は米の作付面積も収穫量も新潟県に次ぐ第2位だそうで・・・。

左は岩見沢、右は滝川。外は雨降りで暗く、窓ガラスが汚れていることもあって写真はぼんやり~。

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ついでにかつての岩見沢第一機関区の写真を1枚だけ~(昭和50年3月)。

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旭川には9時17分。北海道第2の都市で、函館本線の終点、宗谷本線、富良野線の始点、そして隣の新旭川が始点の石北本線の実質的始点です。2010年に高架化されて近代的な駅になっていました。ここで旭山動物園に向かう(?)と思しき方々が多数下車。

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旭川から宗谷本線に入りましたが、3つ目の永山駅で運転停車。以北が特殊自動閉塞式に切り替わるため。

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蘭留を過ぎると塩狩峠にさしかかります。ここはご存知のように三浦綾子の小説「塩狩峠」の舞台。サミットの塩狩駅を越えると次の停車駅は和寒(わっさむ)に9時45分。

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下の写真は最初の渡道の際に塩狩~和寒間で撮ったC55牽引の宗谷本線普通列車の姿です(昭和48年3月)。

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塩狩峠を上がって行くところ。4両編成の半分は荷物車。

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次の士別駅(9時57分)では上りの「スーパー宗谷2号」と交換。

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駅の看板には「羊のまち」とあります。降りてみたいけれど、降りたら帰れない・・・。

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士別の次は名寄に10時13分。かつては名寄では深名線と名寄本線、次の美深では日本一の赤字を誇った美幸線が分岐していましたが、今は全て廃線になってしまいました。

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名寄を過ぎるとついに水田を見かけなくなりました。名寄、美深(10時32分)の次は音威子府(おといねっぷ、10時58分)。ここからかつてはオホーツク沿いの浜頓別(はまとんべつ)へ抜けて南稚内へ至る天北線が分岐していました。

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かつて何回かお世話になった駅のホームにあった「日本一うまい駅そば」は今でも駅舎内で営業しているようです。

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音威子府を過ぎると、線路は天塩川に忠実に寄り添いながら人煙稀なる区間を進みます。時折警笛が鳴ってブレーキがかかるのは「野生生物」のため。

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天塩中川(11時26分)では1名様下車。

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幌延が近付いて来ると、時折牧草地と人家が。

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「大草原の小さな家」風!?。

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天塩川の川幅が広くなって来ました。

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幌延(11時59分)はかつての羽幌線の分岐駅。キハ54の普通列車と交換。

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豊富(12時13分)はサロベツ原野の玄関口。豊富温泉には昭和50年8月4日に友人3人と泊まったことがありますが、石油や天然ガスとともに湧出して来るため、石油の匂いのする油分を含む泉質でした。

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抜海(ばっかい)~南稚内間はクマザサの大地をかき分けて疾走。晴れていれば利尻富士が見えるはずでしたが残念!。

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かつての天北線との合流駅で機関区のあった南稚内に12時49分。その次が終点稚内です。定刻12時53分から約3分遅れて到着しました。ホームは以前は1面2線でしたが、今は1面1線になっていました。

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ホームへ降りた途端に震え上がりました。なんと気温は10℃前後!。そそくさと駅舎に駆け込みました。

駅舎は白亜の立派な建物。平成23年に開業した真新しいもの。

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道の駅やバスターミナルが併設されていて、どうも駅構内には鉄道利用ではない方々も多い様子でした。

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とりあえずお腹がすきましたので、街へ出てみますが、長くなって来たので続きはまた後日~。

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6月24日金曜日。曇り時々雨。朝は22℃、日中は25℃。いや~、クリニックは相変わらずの混雑続き。更に事務仕事が追いつかなくなって来て山積。チョッと暴れたくなって来ました!?。

イギリスでは国民投票の結果EU離脱へ。円が急騰して一時99円台に。市場は大混乱で株価は16年ぶりの下げ幅。

こんなことになるとはビックリです~。

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6月25日土曜日。雨時々曇り。朝は24℃、日中は30℃まで上がってムシムシの一日になりました。

天気が悪いせいか、土曜日の割にはクリニックは平穏でした。今日は朝6時には家を出て、早朝からクリニックで事務仕事を頑張っていましたが、その理由は・・・診療終了後は早々にクリニックを脱出するため!。診療終了後は早々羽田空港へ向かいました。

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羽田空港で友人と落ち合って17時00分発のANA073便札幌行きに搭乗。チョッと間に合うかどうか心配していましたが、蓋を開けてみれば機材到着遅れのために出発が40分遅れたので、むしろ空港で時間が余ってしまいました。

離陸して雲の上に出れば当然のことながら青空。

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下界は北上してもずっと厚い雲に覆われていました。

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千歳空港には40分遅れの19時10分着。直ぐにエアポートライナーに乗り継げば、何とか札幌駅には20時前に到着しました。到着ホームの隣に古蒙キハ183系の姿が見えたので急いで見に行ったら20時00分発の函館行き「スーパー北斗24号」でした。運用の都合なのかダイヤの乱れによるものなのか新しい車両による“スーパー”ではなくて、古いキハ183系が代走することになった様です。

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発車を見届けてから夕食を摂るためにそのまますすきのへ直行。

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海の幸を堪能させて頂きました。

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食後は駅直近のホテルに投宿。

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明日は早起きして北を目指す予定。

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5月15日日曜日。昨夜京都入り。京都地方は朝のうちは晴れていましたが、午後からは雲が多めに。気温は朝から19℃ありましたが、日中は28℃まで上がってムシムシでした。

今日は所用で朝から動いておりました。用件が済んで京都駅へ戻ると例によって大混雑。チョッと辟易して一刻も早く京都から脱出することに。でもこのまま新幹線に乗って帰るのではあまりに勿体無いので、新幹線ひと駅分だけ在来線に乗って帰ることに。新幹線の京都の隣駅は米原です。在来線の東海道線は今は通称“琵琶湖線”と呼ばれているようですが、他所者のオジサンにはピンと来ません。

まずは新快速の野洲行きに乗車。山科、大津、石山、南草津、草津、守山、野洲の順に停車しながら新型電車は軽快に飛ばします。終点の野洲では各駅停車の米原行きに接続。近江八幡や安土など、途中下車したくなる駅名が並んでいましたが、結局米原の1つ手前の彦根で途中下車することにしました。彦根城を見て帰る算段。

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彦根駅は立派な橋上駅でした。東側の近江鉄道の構内には旧型電気機関車がゴロゴロしているのが見えました。

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保有両数は11両。すでに昭和63年には貨物輸送は廃止になっているので現役感はありませんが、これだけ並んでいると下手な博物館よりも壮観な眺めです。

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4両のED14は、国鉄が東海道線電化開業時に輸入した大正15年(1926)米国ゼネラル・エレクトリック社製の60t箱型デッキ付電気機関車。現存していること自体が奇跡に近い~。

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4号機は茶色に塗られて国鉄時代を彷彿させる姿。時折見学会が開始されている様なので、一度それに来てみなければなりません。

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さてチョッと寄り道をしてしまいましたが、まずは駅の西側の彦根城を目指すことに。そう言えば「ひこにゃん」の地元でした。「ひこにゃん」のお陰で「彦根」のネームバリューが上がったかも!?。

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徒歩10分ほどで立派なお濠や石垣、塀のあるお城の入口に到達。

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観覧料は600円。やはり“お城”ですから、多少の石段は頑張らねばならない立地。でも石段を登るには今日は気温が高過ぎです。

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元気なご高齢の方々に追い越されないように頑張りました。やがて上方に石垣が。ややっ、天守か!。いえいえまだ“山門”です。

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さらに少し上がって天守前の広場に到達!。ここでも「ひこにゃん」がお出迎え。

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国宝の天守は予想していたよりも小振りでした。

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別名金亀城。1622年井伊直継築城。

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現存12天守のうち、国宝は松本城、犬山城、姫路城、松江城とこの彦根城。私自身は今回の彦根城で国宝の天守は全て見たことになります。でも“高所”が得意ではないので、必ずしも天守のてっぺんまで上がってはおりませんけど~。

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お城の一角からの眺望は良好。西側に見えるのはもちろん琵琶湖です。

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東側には結構遠くに彦根駅が見えました。

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汗が引いたところで来た道を引き返します。帰り道でも「ひこにゃん」は至る所に登場。

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駅前まで戻ったところで、ボンネットバスに遭遇。もちろん車体には「ひこにゃん」。観光用とはいえボンネットバスが動いている姿を見るのは久方ぶりでした。

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彦根駅では、米原行きを待つ間にも頻回に電車や貨物列車が通ります。

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やはり日本の大動脈であることに変わりはありません。

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米原駅までは一駅でしたが、米原での待ち時間が長め。それもそのはず、今では米原停車の新幹線は1時間に「こだま」と「ひかり」が1本ずつしかありません。猛スピードで「のぞみ」が何本も通過して行きます。

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北陸本線へのメインルートだった頃の賑わいは、もはや全くありませんでした。

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5月9日月曜日5月10日火曜日は両日とも曇りのち雨のスッキリしない天気になりました。朝は16~18℃、日中は21~22℃。

大型連休明け(人によりますけどね~)でしたので、大混雑になるかも・・・と気合を入れて朝の診療に臨みましたが、皆さん裏をかかれたようでズッコケました~。その代わり遅めの時間になって混雑する厭なパターンに。

診療終了後は2日連続で大和市医療センターへ。月曜日は会計がらみの会議、火曜日は大和市医師会理事会。連休のあと、鈍った身体には辛い日々でした。

さて今日は連休中5月4日の高田行きの続き。雪国独特の雁木の下を散策しながら「高田世界館」へ。実は今回の高田行きの最大の目的はここを訪れることでした。

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高田世界館は築105年、現役で営業している日本最古級の映画館。1911年(明治44年)に芝居小屋「高田座」として開業し、その5年後の1916年(大正5年)には「世界館」と改称されて常設映画館となったそうです。

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道路側から見ると、世界館への入口に繋がる雁木の看板跡には「高田日活」の文字が薄っすら残っていました。

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2007年まで日活として営業していたそうです。

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老朽化に追い打ちをかける新潟中越沖地震(2007年7月)によるダメージで、あわや廃業、取り壊しかとの危機に晒されましたが、有志による保存活動が始まって、2009年にNPO法人が設立されて市民プロジェクトとして、再生、修復が現在も進んでいます。

建物は道路に面していないので全体は眺め難いですが、開業当時はかなりモダンな建物だったことでしょう。

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私が高田世界館を知ったのは3ヶ月ほど前のテレビ番組(夜11時25分から再放送していたNHKのEテレ「U29人生デザイン」)。俳優の松坂桃李さんが、再生、修復に取り組む支配人(まだ20歳代です)にインタビューしているのを見たのが最初でした。それ以来“行きたいリスト”に入っていましたが、ゴールデンウィーク限定の館内見学ツアーが催されるとのことで足を延ばしたのでした。

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雁木の狭い路地を入って行くと入口。

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見学ツアーは14時10分と16時00分の2回、上映の合間を縫って開催されていました。時間が近付くと、どこからか“映画ファン風”の老若男女が集まって来ました。

ロビーには飲料の自動販売機と数脚の折りたたみ椅子があるのみ。中に声が聞こえてしまうそうで、静粛にしていなければなりません。

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映画の上映が終わって数人の観客が出て来たところで、見学ツアーがスタート。扉を開けてまずは1階客席部分へ。中へ入ると・・・そこには時空を超えた空間が広がっていました。

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見上げるとアール・デコ調のニス塗りの天井。もともとシャンデリアが取り付けられていた部分には、1741~1871年に越後高田藩を統治した榊原氏の家紋。

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下の写真はスクリーン側から入口側を振り返ったところ。映画館には珍しい2階席があるのは、元が芝居小屋だったからでしょう。

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芝居小屋だった当時は桟敷席だったそうです。綺麗に修復された椅子の背中に取り付けられた小プレートには寄付をしてくれた方々の名前が刻まれています。有名な映画監督や俳優さんの名前も。

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狭くて急な石造りの階段を上がって2階席へ。

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1階は140席、2階は41席。

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2階席中央部分の小部屋が映写室。中へ入ると大きな35mm上映用映写機が2台。

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デジタルの時代に今や貴重な存在ですが、部品の調達もままならなくなって来ているようです。

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傍らの作業台には35mmフィルム編集用の小道具たち。

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実際に映写機にかけるフィルムはかなりの重さ。

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本日これからの演目は「東京流れ者」。渡哲也主演、鈴木清順監督作品。う~ん、知らない・・・。

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映写機にフィルムをセッティングして、14時30分に上映開始!。

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2台の映写機に交互にフィルムをセッティングしていきます。全8巻の作品。

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上映が始まったところでソッと静かに映写室から退出。見学ツアーはそれで終了。いや~、予想外に面白いツアーでした。

その後、道を隔てた明治時代の町家「旧小妻屋」を再生・活用した交流館「高田小町」を覗いたり・・・。

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「旧今井染物屋」を見学したり。

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どこも見学している人は疎ら。見どころ満載なのに勿体無いことで。

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見せるための造られた街並みでは無いところが凄いところ。

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以下は駅へ戻る道すがらのスナップ。

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逆光に輝く高田駅へ戻って来ました。

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高田発16時11分のえちごトキめき鉄道で上越妙高へ。

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車窓も車内ものんびり~。

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上越妙高には16時18分着。下の写真は駅舎から見た西側の山容。

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新幹線の乗り継ぎはあまり良く無くて、上越妙高17時13分発の「はくたか570号」。

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新幹線の車窓から夕闇迫る長野工場の留置線が見えましたが、こんな車両や・・・。

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こんな車両たちが!(わかる人にはわかる!?)。

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軽井沢近くでは逆光の浅間山。噴煙も無くて静かな様子でした。

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そして碓氷を下る頃にサンセット。

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大宮には18時46分着。一日有意義に過ごしました~。

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5月4日水曜日。雨のち晴れ。朝は19℃、日中は27℃。みどりの日は朝方まで昨夜からの低気圧に伴う前線の通過で暴風雨が続いていましたが、日中は強風が続いたものの天気は回復して日射しが戻り、一気に気温が上がって夏日になりました。

今日は少々早起きをして湘南新宿ラインで大宮まで。大宮9時58分発の北陸新幹線「はくたか557号」に乗り込んで上越妙高で下車。チケットは昨日インターネットで確保していました。

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上越妙高には11時30分着。ここから2両編成の「えちごトキめき鉄道」の電車に乗り換え。

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上越妙高11時51分発の直江津行きで11時56分に高田着。

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もとは信越本線ですから、2両編成が停まるにはあまりに立派で長大なホーム。ホームの上屋も古そうです。

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改札口は有人。駅舎自体は昭和27年12月改築のもの。

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北陸新幹線が昨年3月14日に開通する前までは自動改札機だったそうですが、新幹線開業に伴ってJR東日本からえちごトキめき鉄道に移管されたため撤去されてしまったそうです。

高田駅を正面から見るとまるでお城ようですが、それもそのはず高田城をモチーフに平成14年に完成した建物(厳密には駅舎ではなくて、駅前の通路を覆うアーケード。本来の駅舎の前に建てられています)。因みに高田は1614年に徳川家康の六男である松平忠輝によって開かれた城下町です。

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駅近くでランチを済ませたあと駅の周辺を散策。駅近くの古美術骨董品屋さんの前には巨大な鉄人28号が!。一番繁華であろう本町通り商店街を南下。城下町らしく和菓子屋さん、お茶屋さん、お味噌屋さん、蒲鉾屋さんなどが並んでいましたが、シャッターが閉まっている店舗も多くて人通りはとっても少なめ。

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西洋近代建築は旧第四銀行。東側のお城へ行ってみようかと思いましたが、あまりにも暑くなって来たため、西側の儀明川を渡って雁木(雪よけの屋根)が残る仲町通りを北上。

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高田の雁木は総延長16km!!。仲町通りは居酒屋やスナックなどが林立していて、かつての賑わいが偲ばれましたが、果たして現在は営業しているのか・・・。

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「飲んだら乗るな・・・」の標語は最近とんと見かけなくなりましたね~。

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右下は江戸期から続く老舗料亭の門構え。

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それにしても「だっ、誰か~!」って叫びたくなるほど人影を見ません。

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唯一残る桶屋さんは現役。かつては40件ほどあったそうです。

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駅前通りを渡ってさらに北上してみますが・・・。静かです。今は使われていない様ですが、もしや私と同業者のような雰囲気が。

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塚田牛乳は明治34年創業の新潟の牛乳屋さんだそうで、懐かしい宅配ボックスは現役の様でした。

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屋根に上れるように梯子が架けてあるのは、雪おろしのためでしょうか?。

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本町通りへ戻って北上すると、雁木の中に「高田世界館」の文字が見えて来ました。

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実は本日高田まで来た目的のひとつは「高田世界館」を見学すること。でもチョッと長くなって来たので続きはまた後日に~。

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4月25日月曜日。晴れ。朝は14℃、日中は22℃。

先日“良い季節になって内科はヒマに・・・”なんて書いたばかりでしたが、舌の根も乾かぬうちに今日は午後からとんでもない混雑に。連休が近付いて急に“心配”になった方々が週明けに集中した様子。

数年前からずっと健診で高血圧や糖尿病を指摘されているのに、何も連休直前にいらっしゃらなくても・・・。“急いで健診結果が欲しい”とか、“紹介状が欲しい”とか、挙句に予約外なのに“待ち時間が長い”とか仰られても、連休前の時間は限られていて、この期に及んではどうしようもありません。どうかご無体なことを仰らないで下さいませ~。

さて既に1ヶ月以上も前のことになってしまいましたが、今日は先月3月21日の東北横断レポートの最終回を。

陸羽東線から陸羽西線に乗り継いで新庄から酒田へ。酒田には12時18分に着きました。駅近くで昼食を済ませたあと、街の中を歩いて酒田で最も有名(!?)な山居倉庫へ行ってみることに。駅から徒歩20分ほどで最上川に繋がる運河沿いに倉庫群が見えて来ました。

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山居倉庫は、米どころ庄内のシンボル的存在。元は明治26年に建てられた米の保管用倉庫だそうです。

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今では一部は酒田市観光物産館や庄内米歴史資料館として使われています。裏へ回ると、よくポスターで見かける光景が・・・。

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樹齢150年以上のケヤキが36本!。青葉や紅葉の季節が良さそうです。

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ひとしきり倉庫の周囲を散策した後、また駅へ向かって行軍。朝からずっと列車に乗ってばかりでしたからせいぜい歩かないとね~。

酒田の中心街と思しき商店街も、休日の昼下がりゆえか人影少なくチョッと寂しげでした。最近、地方都市には有りがちなシャッター通りを抜けて酒田駅には14時過ぎに着きましたが、まだ少々時間があるので隣接する城下町、鶴岡まで行ってみることに。

鶴岡までは14時26分に秋田発新潟行きの特急「いなほ10号」がありますが、正統派“鉄”を自負する私としては、ここはのんびり14時30分発の酒田始発新津行きの普通列車でのんびり行くことにします。

まずは特急「いなほ10号」の見送り。E653系は1997年(平成9年)から常磐線特急「フレッシュひたち」用に製造された車両ですが、2013年9月から順次「いなほ」に転用されて2014年7月に置き換えが完了しました。

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常磐線時代とは全く異なる日本海に沈む夕日と稲穂をイメージしたカラーリング。

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「いなほ10号」を見送ってから、14時30分発の普通列車新津行きに乗り込みました。車両はキハ40+キハ47+キハ47の新津所属の3連。いずれも昭和50年代製造の国鉄車両です。

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何と3両とも塗色はバラバラ。

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新潟寄りは国鉄急行色ですが、国鉄時代のキハ47形には存在しなかった“なんちゃって国鉄急行塗色”です。

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今や珍しくなった“サボ”も現役。

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車内はほぼ国鉄時代そのものでした。灰皿が撤去された痕跡もそのまま。休日の午後のせいか車内はガラガラでした。

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キハ40系は加速は鈍くて最高速度も低め。やっぱり前時代的な走りでした。汚れた窓ガラス越しの“米どころ庄内”の車窓は広々~。日射しがポカポカでふと記憶が飛びそうに・・・。いかんいかん。

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鶴岡には15時05分着。駅舎は平成26年にリニューアルされたばかり。

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鶴岡は庄内藩の城下町。鶴ヶ岡城址や鶴岡中心部は駅から少々離れていました。市役所近くには明治36年に完成した鶴岡カトリック教会天主堂。

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国指定の重要文化財だそうです。

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黒い聖母マリアはフランス・ノルマンディー州デリヴランド修道院からやって来たそうです。かつてアメリカ留学時代に出かけたプエルトリコの田舎町でも黒い聖母マリアを見かけましたが、はたして出自は一緒なのでしょうか。

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そこから今度は市役所の脇を通って庄内藩校だった「致道館」へ。入場無料♪♪。

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「致道館」は庄内藩酒井家9代忠徳(ただあり)が文化2年(1805年)に創設。文化13年(1816年)に現在地へ移され、明治6年(1873年)の廃校に至るまで多くの逸材を輩出したそうです。

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さらに鶴ヶ岡城址の鶴岡公園内の大宝館へ。ここは大正天皇の即位を記念して大正4年(1915年)に建てられた建物。中には鶴岡に縁のある偉人たちの資料が展示されていました。

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まだまだ見どころがありますが、このあたりで時間切れのため庄内空港へ向かうことに。庄内空港にはANA東京便が4便のみ。ANA400便17時55分発が最終便です。

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折り返しのボーイング767-300は、故郷でお彼岸を過ごした方や観光客でほぼ満席でした。地元入りしていた代議士とお見受けする方もチラホラ。

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黄昏の庄内空港を17時55分の定刻に出発。他に大型機は居りません。

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離陸後すぐに夕闇が迫って来ました。ほんのしばらく水平飛行したかと思ったら直ぐに着陸体勢に。19時00分に東京羽田着。

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結構遠くまで遠征したつもりでしたが、飛行機に乗ってしまえばアッと言う間に帰って来てしまいました~。(完)。

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4月21日木曜日。曇りのち雨。 朝は15℃、日中は19℃。今日は折角の休診日でしたが、発達した低気圧に伴う前線の通過で天気は下り坂。午前中は二子玉川まで買物がてらランチに出かけましたが、雨の降り出した夕方からは自宅で静かにしておりました。

さて、鮮度がだいぶ落ちてしまいましたが、まだ3月21日の東北横断レポートの続きが完了していませんので、今日はその続きを。

鳴子温泉駅10:06発の陸羽東線普通列車で新庄駅に11:10着。到着ホームの隣は頭端式の新幹線ホームになっていて、山形新幹線車両が並んでいました。階段を使わずに新幹線を含む全ての乗り場間の行き来が出来るバリアフリー構造。

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後を振り返ると、新幹線と向かい合って線路幅の狭い在来線。右は奥羽本線の秋田行き、左は陸羽西線の酒田行きの普通列車です。

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左の酒田行きに乗り継ぎ。陸羽東線に引き続きキハ111形+112形200番代の2両編成です。

新庄発は11:15。新庄駅構内北側には古い機関庫がそのまま残っていました。

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これは1903年(明治36年)に開業した新庄駅と同時に竣工した機関庫。建物の前後の延長部分は木造ですが、中央部分はオランダ積みの赤レンガ造り。米沢、山形、舟形の各駅の機関庫は既に解体されてしまっているので、今や貴重な存在です。

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陸羽西線は新庄から羽越本線の余目までの43kmの路線。私としたことが今回が初乗りです~。

(下の路線図はJTB時刻表より)

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「奥の細道最上川ライン」の愛称が付けられていますが、意外に周辺は開けていて平坦な線形。列車は軽快に飛ばします。

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沿線はのどかな日本のローカル風景。升形、羽前前波と無人駅が続きます。

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トンネルを抜けて・・・。

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最上川支流の一級河川である鮭川を渡ると・・・。

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津谷駅。乗客の姿はありません。

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津谷駅を発車してしばらくすると・・・。

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最上川を渡ります。

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第一最上川橋梁です。

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次の古口駅は交換施設のある簡易委託駅でした。やっぱり誰もいません。

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そして高屋駅も・・・。

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清川、狩川と“川”の名前の駅が続き・・・。

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トンネルに鉄橋。車窓は飽きません。

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南野駅の次は陸羽西線の終点、羽越本線との接続駅である余目駅(あまるめ)。

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左手後方から複線電化路線の羽越本線が合流。

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ホーム3面5線を擁する幹線の分岐駅然とした余目駅に進入。

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ここが本来の陸羽西線の終点駅ですが、半数以上の列車がこの先の羽越本線酒田駅まで乗り入れています。

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羽越本線に乗り入れた途端に、陸羽東線、陸羽西線とは一線を画す高規格の線路になりました。一直線の複線電化の立派な軌道をキハ110系が疾走。

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第二最上川橋梁を渡ります。なぜ第一が陸羽西線にあって第二が羽越本線上にあるかって?。それは元は同じ線だったから。陸羽西線の方が羽越本線よりも歴史が古くて、かつては新庄~酒田間が一つの“酒田線”でした。

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定刻の12時18分に酒田駅に到着。ホームは2面4線。

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かつては40両以上の蒸気機関車が配置されていた日本海縦貫線の要衝。現駅舎は昭和35年に改築された3代目だそうです。

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折角ここまで来たので、酒田の街を駆け足で見ようと思いますが、長くなって来たので続きはまた後日に~。

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4月1日金曜日。晴れのち曇り。朝は10℃、日中は18℃。

4月最初の診療日。新年度のスタートは比較的平穏でした。インフルエンザや感染性胃腸炎の方はまだポツリポツリといらっしゃいます。

診療終了後は大和市地域医療センターへ。今夜は入会相談委員として入会希望の先生と面談。終了後はクリニックに戻って事務仕事。ふぅ~。

さてチョッとネタが古くなって来ましたが3月20日日曜日(春分の日)の話。日本循環器学会の帰り道、仙台から鳴子温泉へまわって1泊。翌日の振替休日3月21日月曜日の鳴子の朝は、晴れて気温は-2℃まで下がっていました。

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朝風呂に浸かってから宿をゆっくり出立。いつも朝早くから動くのに珍しいって?。・・・7時24分発の次は10時04分発まで列車が無いから仕方がないのです。

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あれっ、下りの新庄行き!?。・・・そう、少しだけ遠回りをしてから帰ります。

10時04分発の下り新庄行きもキハ110形2連でした。

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陸羽東線の車両は臨時快速「みのり」のキハ48系気動車以外は出会った限りはキハ110形に統一されているようでした。

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新庄行きは3番線から発車。鳴子を発車するとずっと上り勾配が続きますが、キハ110形は難なく軽快に登って行きます。紅葉で有名な鳴子峡は、列車内からはトンネルの狭間でチラッと片鱗が窺えるだけ。

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隣の中山平温泉駅の構内には、かつてここで活躍していたC58形蒸気機関車の姿がありました。

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荒廃が進んでいてホーム側からはナンバーが判然としませんが、C58形356号機のはず。宮古、盛岡、八戸と移動して、末期の1972年6月26日に小牛田へやって来て1973年6月16日付けで廃車になったカマ。

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陸羽東線の蒸気機関車に関して忘れられないのは、蒸気機関車の終焉時に起こった列車迂回の顛末。昭和48年4月11日22時40分に奥羽本線が土砂崩れで不通となったため、同夜の夜行列車は急遽北上線と陸羽東線を迂回することになり、上り寝台特急「あけぼの」と下り急行「おが2号」が陸羽東線回りとなりました。当然両列車ともC58形が牽引することに。当時は蒸気機関車の最末期で、特急や急行などの優等列車を牽引することは正に奇跡でした。更にその後に大規模な土砂崩れが続いて起こったため長期にわたって奥羽本線が不通に。連日ディーゼル特急「つばさ1、2号」と客車急行「津軽1、2号」が陸羽東線を迂回することになったのです。4月25日にはC58形が全廃されてディーゼル機関車DE10形に置き換えられたため、終焉の奇跡は2週間で幕を閉じましたが、劇的な最期でした。

その時のレポートは眞船直樹氏によって鉄道ファン1973年11月号、鉄道ジャーナル1973年12月号に発表され、さらに2002年7月発行の別冊歴史読本「再現鉄道大追跡」(新人物往来社)に再掲されました。

下の写真は別冊歴史読本「再現鉄道大追跡」(新人物往来社)より。

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私自身は当時は中学2年の1学期が始まったばかり。テレビニュースで迂回を知ったものの、遠征など出来るはずもなく涙をのんだのでした。

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さて現代に戻ると、今や定期の優等列車は消滅し、貨物列車すら無くなってしまった陸羽東線ですが、沿線風景は(おそらく)大きく当時と変わっていない様子。休日の午前中のためか、乗客は地元の方は少なくて、遠来の“乗り鉄”の方が多いかも。

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中山平温泉を出てサミットを越え、宮城県から山形県に入ると堺田。あとは山間の下り坂を赤倉温泉、立小路、最上と進み・・・。

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最上の駅では列車交換。

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最上を越えると、意外に広い盆地を軽快に飛ばします。

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大堀あたりでは、一時雪が降り始めました。

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五月雨ではなく雪解け水ですが、やっぱり“あつめて早し最上川~”。

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新庄が近付くと、雪がたくさん残っていて畑は真っ白。

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奥羽本線(山形新幹線)が左後方から合流して来てしばらく並走。線路幅が左右で異なっているのがお判りでしょうか。

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新幹線ホームを右へ迂回して狭軌の在来ホームに到着。

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高架では無くて普通の地平のホームに新幹線が並んでいるのも不思議な感じ!?。

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ここから新幹線で帰るのかって!?。いえ、もうチョッとだけ乗ってから帰ります。

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3月27日日曜日。曇りのち晴れ。朝は7℃、日中は15℃。

今日は早朝に起床。相棒と待ち合わせて新宿へ。新宿7時00分ちょうど発の「スーパーあずさ1号」に乗車しました。

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どこへ行くかって?。いえいえ今回はこのE351系電車の“走り”を堪能することが目的。

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E351系は1993年(平成5年)12月23日に営業運転を開始。曲線区間でのスピードアップを可能とするために、JR東日本としては初めての制御付き自然振子装置を採用して、厳しい山岳路線である中央東線で最高速度130km/h、表定速度90km/h以上の俊足を誇って来ました。現在松本車両センター所属の12両×5本が活躍中ですが、既に後継のE353系が昨夏に登場して各種試験中。先が見えて来ました。今のうちに乗っておかないとね~。

新宿を出ると、日曜日の早朝で通勤電車があまりいないためか想像以上に俊足。高尾を越えるといよいよ振子装置の本領発揮。下は鳥沢駅の先に架かる新桂川橋梁の上から見た光景。

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大月では富士急行に譲渡された元小田急ロマンスカーRSEの変わり果てた姿が・・・。

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笹子トンネルを越えて甲府盆地に入ると、青空が広がりました。

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小淵沢を過ぎると八ヶ岳の姿がくっきり。

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チラッと旧線の鉄橋が見降ろせました。

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上諏訪では一部単線区間が残存するため、列車交換のために少々停車。車両は既に115系の姿は無く、代わって東海道線から入線した211系が席巻していました。