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天竜浜名湖鉄道

5月2日月曜日。曇りのち晴れ。朝は14℃、日中は21℃。大型連休狭間の平日の月曜日。朝の通勤電車ではいつもより空いていました。リュック、スーツケース、自転車、釣竿、等々を持った方が目立つものの、通勤・通学姿の方もそれなりにいらして、一応私自身の勤労意欲は保たれました。

今日のクリニックは結構混雑。どうやら近隣のクリニックさんの中にはお休みのところもあったようです。大型連休とは言っても普通に過ごしていらっしゃる方も多いようでチョッと安心しました!?。

夜は大和市医地域医療センターへ。今夜は医師会の会計監査でした。監事の先生方や事務局の皆様のお陰で無事に終了。夜9時をだいぶ廻ってから帰宅の途につきました。

さて今日は5月1日日曜日の天竜浜名湖線(通称天浜線)の続きを。天浜線は東海道本線の掛川から浜名湖の北側を通って東海道本線の新所原(しんじょはら)に至る67.7kmのローカル路線。昭和10年から順次開通して昭和15年に全通しました。前身は旧国鉄二俣線。

(下はJTB時刻表2016年4月号より)

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東海道本線の北側をわざわざ遠回りしているような経路ですが、それもそのはずで東西を結ぶ大動脈である東海道本線が天竜川や浜名湖の鉄橋で敵国の艦砲射撃を受けて破壊された場合に備えて、バイパス線として建設されたのだそうです。実際に昭和19年12月の東南海地震で東海道本線が不通になった際、および昭和20年7月24日の東海道本線の空襲、同年7月30日の浜松駅艦砲射撃の際に迂回列車が走ったそうです。

掛川11時58分発の単行気動車列車は定刻に発車。乗車率は約50%くらいでしょうか。掛川を発車すると掛川市役所前、西掛川と開通当時には無かった駅が2つ続き、3つめの桜木駅が創業当時からの駅。本屋およびプラットホームがそのまま残っていて登録文化財になっています。

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駅構内への入口で両開きに分岐する単線のローカル線の典型的形態。ポイント標識のSはポイント操作不要のスプリングポイントを意味しています。

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桜木駅を出てカーブを抜けると、次の細谷、原谷までの間の2796mが天浜線で最も長い直線区間。

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両側には田んぼ。一部で田植えが終わっていましたが、荒れたままの休耕田も多い様子。

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次の原谷駅も典型的分岐を渡って構内へ進入。

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ここで上り列車と交換。

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上り列車も単行です。

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原谷を発車すると原田、戸錦・・・。

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戸錦の西側の秋葉街道には昭和17年4月まで静岡鉄道秋葉線が通っていたそうです。太田川鉄橋を渡って・・・。

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次の駅が遠州森駅。掛川からここまでの12.3kmが天浜線で最も早く昭和10年4月17日に開通した区間。本屋と上りホームが文化財登録されています。

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かつてはお茶などの農作物や木材などの貨物輸送の基地で構内は相当広かった様子。

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清水の次郎長の子分、森の石松の縁の土地とされていますが、定かではないようです。

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遠州森から先は昭和15年になって最後に開通した区間。遠江一宮を過ぎると右手にお茶畑(三川茶)が広がりました。

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天竜二俣駅には12時44分着。

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ここには天竜浜名湖鉄道の本社が置かれ、二俣線時代にも機関区があった天浜線の中心駅。旧国鉄時代には遠江二俣駅と呼ばれていました。レトロな島式2ホーム3線の上屋は有形文化財だそうです。

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さてここで乗り継ぎがてら一旦降りて構内を見学しますが、長くなって来たので続きはまた後日に~。

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