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追分機関区

12月24日木曜日。晴れ。朝は7℃、日中は15℃まで上がって暖かいクリスマス・イブとなりました。

今日は休診日。日中は二子玉川まで出かけておりましたが、クリスマス・イブとはいえ平日とあって普段よりもむしろ人出が少ないくらいでした。ランチは玉川高島屋内に11月25日にオープンした「TOKYO BREJEW HOUSE」でパスタ。

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ところで、現在街の本屋さんには「国鉄時代」と「蒸気機関車」という21世紀には相応しくない(!?)誌名の季刊誌が並んでいます。両誌とも期せずして北海道の追分機関区に所属していたD51型241号機が表紙。

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何故かって?。それは表紙にも謳われている様に今年は国鉄本線蒸機廃止40年に当たるから。北海道の夕張線で最後の貨物列車を牽いたのが追分機関区所属のD51241で、1975年12月24日のことでした。蒸気機関車ファンにとってクリスマス・イブは一時代が終わってしまった“記念日”なのです。

私自身は当時は高校1年生。最後の瞬間に立ち会うことは出来ませんでしたが、その前1975年3月31日に追分機関区を訪れています。前夜旭川に宿泊して当日は旭川発8時10分発の急行「かむい2号」で岩見沢経由で追分までやって来たものの、霙混じりの寒くて暗い日でロクな写真が撮れませんでした。下の写真は追分機関区所属のD51118牽引の5797列車の発車(再掲です)。

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記録にはこのD51118の他、D51361、D51565、D51711、D51816、D51842、D511085、19650、79616が残っていますが真っ暗な写真。あまりに寒いし、ありふれたD51とキューロクしか居ないので(今から考えると勿体無い!)、フィルムの浪費をせずに早々に追分発13時39分発の227列車(現在鉄道博物館で保存されているC57135が牽引!)で岩見沢へ戻りました。

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蒸機全廃後の1976年4月13日、追分機関区で火災が発生。フィナーレを飾った後に保管してあった全ての蒸気機関車と新製されたばかりのディーゼル機関車は扇形機関庫もろとも焼失。当時はあまりに劇的な終焉に絶句したのでした・・・。

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